はじめに

憲法草案を作ってみました。

桐山憲法草案(第1版)

憲法草案の解説はこちらです。

憲法草案の解説

本題に入る前に、いくつか断っておきたいことがあります。まず、僕は憲法や法律を学校等で専門的に学んだわけではなく、あくまで独学で勉強しました。なので法律に疎い僕が理解している範囲内でのお話です。そもそも法律の難しい話になると頭が音を立ててショートしてしまいそうになります。なので、現在の法学的な知見からすれば、かなり的外れなことが草案に書いてある可能性があります。こちらはご容赦ください。

また、この文章を書き起こしている現在、僕は26歳です。人生の諸先輩方に比べると、まだまだ浅い人生経験や知識しかありません。「若造のくせに分かったようなことをしゃべりやがって・・・」と思う方がいるかもしれませんが、その若造が真面目に考えたことなので、こちらもご容赦ください。決して悪意や裏があって書いているのではありません。僕の短い人生を踏まえて、素朴に思ったことを綴っています。

本題に入る前にご容赦のお願いだらけになってしまいました。しかし、僕は日本と世界が少しでも良くなることを望む一人の市民であり、国民です。その立場として、みなさんと同じところがあります。最後まで付き合っていただけるとありがたいです。

僕が会社を辞めて憲法草案を作った理由

僕が憲法について強く考え始めたのは、2016年1月頃からです。それまでは歴史や哲学の本を読むのが好きでした。けれども東京のIT企業でエンジニアとして働きながら、何となく日本を包むような停滞する雰囲気に嫌気がさしていました。そうして悶々とした時間だけが過ぎていく中、歴史に詳しいある作家から「憲法をやってみたらどうか?もっと大きな視点で日本の根本を考えないといけないな。」とアドバイスをもらいました。もっとも、その頃は憲法と法律の違いも知りませんでしたし、憲法なんてスケールが大きすぎて僕には、とてもじゃないが無理だなと感じていました。しかし、僕は生まれながらに未知のものに対する憧れというか、好奇心がとても強かったので、「時間をかけてゆっくりやれば何か見えてくるだろう」くらいの軽い気持ちで憲法のことに取り組み始めました。

もともと僕はあまり政治に関心がなく、どちらかと言えば政治の話はタブーというよりは無関心の対象でした。それは自分たちの暮らしと政治が全く切り離されていて、ニュースで見る政治の話は、芸能人のエンタメのように感じていたからかもしれません。こんな感じで政治の分野については優等生ではない僕ですが、政治に対してはその程度の認識だったので、右翼や左翼、保守やリベラルといった区分の意味がよく理解していませんでした。ただ、未だにこのようなカテゴリーで政治を考えるのには、不慣れで、僕が右派か、左派か、保守か、リベラルか、革新かの自認識は持っていません。テーマによっては、ある論者について賛同することもあれば、別のテーマでは別の論者に賛同するような、コロコロと転がる都合の良い人間です。政治から離れたところに立っていた僕が憲法の議論を眺めていて感じたことは、憲法を変えようとする改憲派と憲法を変えまいとする護憲派の二者が長らく対立しており、議論が硬直化してしまい、本質的な議論や議論の内容が前進していないのではないかという懸念でした。

僕は政治については関心が持てなかったので、政治的な意見を持っている人に対しては、ある種の尊敬の念を抱いていました。政治的な考えをしっかりと持っているということは、その人がその人なりに社会へ向き合い、社会へ問題意識を持っているからです。そして、その根底には理想や正義感があります。また、政治的な意思を持つまでには、その人の人生や家族や友人など身近なエピソードが強く関わっていることもあります。したがって、ある人の政治的な意見や発言を否定することは、場合によっては、その人の人生そのものを否定するような響きを持つことがあります。人には、それぞれの理由を持っています。その理由が正しいか、間違っているかの客観的で絶対的な基準はなく、私たち大衆が抱いているゆるやかな共通認識によって、善悪が左右されます。人は、私たち大衆のゆるやかな共通認識を「世論」だとか、日本人独特の「空気」と名付けるのでしょう。

当然、この共通認識は、社会や時代や文脈、そしてニュースや報道の加熱度によって、変わっていきます。このように考えると、人の政治的な意思というものは、その人の内側だけで完結して善悪や価値が決まるのではなく、それが外側の社会に広く受け入れられているかどうかで、実際的な意味を持つように思えます。つまり、次の二つのことを言いたいです。その個人が持っている考えや意思と社会の共通認識は、常にイコールにはならないこと。社会の共通認識とその個人の考えや意思が異なっているからといって、その個人の考えや意思の価値が下がるわけでも、間違っているわけでもないこと。社会は変動します。なので、その時々に人々の意思を確認する作業が重要になってきます。ある時代に、ほこりをかぶっていた少数者の意見は、別の時代にとっては貴重なヒントになることがあるからです。

このようなスタンスは憲法を取り組もうとするときも変わりませんでした。憲法上の議論では、「改憲派」も「護憲派」もいるけれども、それぞれに自分たちの正義や使命感を持っている。どちらかが完全に間違っているということはあり得なく、シーソーのように、その時々の世論によって、右に揺れたり、左に揺れたりする。僕はそのシーソーのどちら側に乗ったら良いのか、さっぱり検討がつきませんでした。そもそも憲法について知らな過ぎます。知識がなければ、考えることすらできません。そのような訳で、憲法を改変を目指す「改憲派」と憲法を護持しようとする「護憲派」があるならば、僕は憲法について無知だから、「ゼロから憲法を考えよう」という趣旨で「考憲派」と勝手に自分を位置付けました。そして「考憲学習会」と名付けて、東京都内で小さな勉強会を定期的に開催することになりました。

2016年3月27日は、第1回目の考憲学習会の開催日でした。Facebookのイベントページを作成し、告知をしました。憲法の学者でも研究者でもない、ただのアマチュア主催の学習会の上に、「大日本帝国憲法の制定過程」という硬いテーマだったのですが、当日は8名の方が参加してくれました。このテーマを選んだ理由は、日本の憲法を初めから考えるなら、現在の憲法よりも前に作られた、日本で一番最初の近代憲法と言われる大日本帝国憲法を扱わないといけないと思ったからです。この学習会は基本的に僕が毎回のテーマを決めます。そして、そのテーマに関する文献を読んで、資料を作成し、その資料と僕の考えを発表した後に、参加者であれこれと思ったことを話し合う場所です。この勉強会では憲法や政治に関する多様な意見を知りたかったので「思想を問わず何でも発言OK」というポリシーで進めてきました。

はじめの頃は、発表するのは僕だけだったのですが、次第に参加者だった人も発表側になって関心のあるテーマを自ら調べて、自分の視点で発表したり、とても意欲的な参加者も多くて大変賑やかな学習会です。この学習会は「考憲会議」と名前を変えて、だいたい月1回くらいのペースで開催し、現在までに通算で9回開催しました。もちろんこれからも時間に都合がつく限り続けていく予定です。全9回のテーマは次の通りです。

【第1回】大日本帝国憲法の制定過程 2016年3月27日
【第2回】日本国憲法の制定過程 2016年4月16日
【第3回】立憲主義の歴史 2016年5月29日
【第4回】世界の憲法を見る(イギリス・ドイツ・アイスランド) 2016年7月23日
【第5回】憲法と国家 2016年8月27日
【第6回】皇室と戦争放棄の論点 2016年9月25日
【第7回】憲法と道徳 2016年10月23日
【第8回】和・公共の福祉・共通善 2016年11月26日
【第9回】安全保障と平法 2017年1月28日

こうやってテーマを振り返ってみると、立憲主義といった憲法の内側のテーマだけでなく、憲法議論の外堀を埋めるような歴史や思想や世界の憲法との比較など幅広いテーマを扱ってきました。また、憲法に取り組む大きな目的として「日本の根本を考え直す」ことが念頭にありました。たぶん今まで憲法とセットで語られることのなかったような日本の思想や歴史も同じテーブルにあげて検討しました。例えば、第8回の「和」という考え方と「公共の福祉」を合わせて論じたり、第9回の「安全保障」と「平法」をテーマにしたのが、それに当たります。

「平法」という言葉を初めて聞いた方もいると思うので、この場で補足しておきますと、日本の武道の源流の一つに「天真正伝香取神道流」という剣術があります。この剣術では「兵法は平法なり」という考え方を持っており、剣術は決して人を殺傷するためにあるのではなく、世の中を平和にするためにあるという教えがあるそうです。日本の安全保障を考えた時に、軍事的な知識や理想論よりは現実主義的な認識が求められるのですが、こうしたテーマを自分たちに落とし込もうとしたときに、そもそも「武力」や「軍」に対して、自分たちはどのように考えれば良いのかという問いに行き着きました。そんな問いを考えるときに、この「平法」の考えが参考になると思って、安全保障と平法をセットで取り上げました。

このように勉強会を重ねていくうちに時代に対する、ある認識に至りました。それは「日本はここ約150年の間に社会の根本的な制度や社会のあり方が二度も変わっている」という事実です。一つ目は1868年(明治元年)の明治維新(御一新)ともう一つは1945年(昭和20年)の敗戦です。そして、それぞれの時代を区分するかのように、1889年(明治22年)には大日本帝国憲法が、1947年(昭和22年)には日本国憲法が公布されています。僕はこれらの時代の転換を実際に生きていなかったので、こうした根本的な社会変化は、書籍など限られた情報源からしか確かめることができません。今まで良いとされていた価値観が悪いとされ、またその逆が起こるようなとてつもない時代状況だったのではないかと感じています。150年というスパンを長いと見るか、短いと見るかは人によって分かれますが、この150年の期間にこれだけ大きな社会変化が二度もあれば、人々の考えは混沌とするでしょうし、ある程度の共通認識を持ったり、議論のための共通の土台を持つのは、なかなか難しいのではと思っています。

こうした時代区分を憲法の議論に当てはめて、議論の様子を伺ってみるとあることに気づきます。時代に対する認識が、憲法議論の大枠を作っているのではないかということです。ここで改憲派と護憲派の特徴を取り上げてみましょう。もちろん、それぞれには、もっと細かい議論やポイントがあると思うので、一概に一括りにはできませんが、議論を進めるために僕が理解している範囲で、主張の力点に触れてみます。

まずは、改憲派からです。改憲派は、現行の憲法に対して不十分であったり、不満足に思っています。彼らの中には、現行の憲法は日本の敗戦後にGHQやアメリカから押し付けられたものだから、無効であると主張する方もいます。このように日本国憲法そのものを疑問視する立場もあれば、現在の憲法は肯定しており、時代に応じて憲法は変えていくべきと現実的な考えから、憲法を変えたほうが良いと考える人々もいます。改憲派とされる枠組みの中に、両者がどれだけの割合がいるのかは定かではありませんが、「改憲派」と称されるときに人々がイメージするのは、日本国憲法の制定過程や正当性を疑問視する前者が優勢ではないでしょうか。このような人々は、先ほどの時代区分でいうと、日本国憲法が制定される以前の時代や価値観に重きを置いていると言えるでしょう。そんな彼らからしてみれば、日本国憲法が制定された以降の社会のあり方や価値観に、それほどの正当性を感じておらず、ネガティブな印象を持って語られることが多いようです。「わがままな個人主義や自由が蔓延して、共同体が壊されたり、歴史や伝統を軽んじているので、日本社会が悪化している」そんな声が聞こえてきそうです。そのため、日本国憲法が制定される前に有効だった大日本帝国憲法に、より大きな価値を置いている方が多いように見えます。

次は「護憲派」についてです。先ほどの時代区分でいけば、彼らは、現行の日本国憲法が制定された以降の時代を支持しており、自由や民主主義を謳歌しています。もちろん彼らは現代社会のあり方を完全に肯定している訳ではありませんし、むしろ危機感に憂いでいるかのようにも見えます。護憲派と言われて、すぐに思いつくのが、9条です。彼らは、日本の戦争の経験を反省しています。そして、二度と悲惨な戦争を繰り返さないという理想を掲げた9条を心から信じています。また、護憲派に近い立場としては、憲法で保障された人権や自由を守りたいと考える人々も多いです。この立場は、立憲主義と呼ばれます。立憲主義的な考えを持つ人々の中には、憲法に記された自由や権利や平和をより制度的に保障するために、政府の行動に対する制約を厳密にしようとする目的で、憲法を改正しようと考える人たちもいます。彼らを「護憲的改憲派」と呼ぶもあります。9条を愛する人にせよ、立憲主義を擁護する人にせよ、その多くが戦後の価値観を支持しているが故に、それ以前の歴史や社会を否定的に見ることが多いです。例えば、彼らは戦前と言われれば、軍国主義や人権や自由が抑圧された社会をイメージすることが多くあります。

大変申し訳ないですが、改憲派と護憲派のように、乱暴に単純な構図で見ていきました。物事を単純化するのは、そこにある細かい違いをそぎ落とすことです。実際には、その切り落とされた細かな差異が重要で、その差異がその人自身の芯を作っていることがあります。僕は、100人いれば100通りの価値観や生き方があると考えているので、人々をカテゴリーに括りとってしまうのは好きではありません。しかし、憲法の議論を見つめてみたときに、改憲派と護憲派という大きな構図があるように主観的に思いました。もちろん、人によっては、この構図に当てはまらない人もいるでしょう。少なくとも僕はその一人でした。

さて僕は困ってしまいました。最初は、憲法について無知だから憲法を知ろうということで「考憲派」と思っていたのですが、憲法について知れば知るほど、大日本帝国憲法と日本国憲法の良さが見えてきました。当たり前のことではありますが、どんな時代にも愛くるしい人は、その時代をたくましく生きていました。その時代には、その時代に特有の悩みがあったり、喜びがあっただろうと思います。時代は川の流れのように、いつも変わりゆくものだし、ある時代に生きている人々は自分の生きるその時代が過渡期であると考えているのではないでしょうか。歴史を学べば学ぶほど、自らの無知に気づきます。そして、自分が今まで確かだと思って立っていた場所が、実はそれほど歴史的に絶対なものではなく、ユラユラと揺らぎ得るものだということを知ります。

「考える」とは、一見良さそうなことに見えます。とても賢そうに見えます。しかし、ある意味では、とても曖昧です。ある問題に対して第三者を装い、冷静に振る舞っているかのようです。場合によっては、考えるという態度は、特定の問題に対して、自らの責任やリスクを覚悟しながら主張をする人々よりも、無責任な態度と言えます。与えられた問いに対する答えを、ただ先延ばしにしているようにも見えます。「今日のご飯は何にする?」と聞かれて、「考えとく!」と答え続けているようでは、相手は困ってしまいます。しかし、考えなくては始まらないこともあります。

こんな風に困り果てていたので、このジレンマを突破するために、僕は自分の中に眠る答えを作ってみようと決めました。これが憲法草案を作ろうと思った一番の理由です。そんな決意を固めたのが、2016年10月です。その数ヶ月前には「憲法問題にきちんと取り組もう」と思って会社を退職していました。憲法草案が完成したのが2017年2月なので、草案の構想から草案を執筆して形になるまでに4ヶ月間の歳月がかかりました。会社を退職してからは、知人経由で簡単な仕事を数件もらうことがありましたが、それ以外の時間のほとんどは、憲法に注ぎこみました。その間をカッコつけていえばフリーランスでしたが、実体はニートもしくは無職でした。この約半年間は、社会的には何も価値を生み出していない時間でしたし、貯金を切り崩しながらの生活だったので、焦りと不安との戦いです。

憲法草案を作ったとしても、その後どうするかの検討も付いていませんでした。無計画と無鉄砲もいいところです。今後のことを考え始めると、不安が襲ってきます。しかし、不安に駆られて頭を抱えているばかりでは、時間だけが過ぎていきます。ふと目線を横にズラしてみれば、目に飛び込んでくるのは、研究のための自分に課した大量の本の山積みです。さらに、銀行の貯金残高が減っていきます。自宅の郵便ポストを開いたとき、税金や保険の請求書を目にしたときの何とも言えない恐怖は、今でも忘れられません。「自分が考えるべきことは、不確かな将来ではなく、目の前の憲法だ」と何度も自分に言い聞かせ、自分を落ち着かせて、机に向かいます。憲法草案といっても突き放して考えれば、単なる自己満足や自己表現の一種でしょう。それによって誰かの命が救われるわけではありません。ただ、やろうと決めたらトコトンやらないと気が済まない性格なので、頑張りました。この憲法草案に別名をつけるとすれば「ニート憲法」でしょう

話を戻すと、さきほど時代区分と憲法議論の話をしました。では僕はどの時代区分に立つのか。僕は自分が生きた時代に立って、憲法を考えてみることにしました。僕は1991年(平成3年)生まれです。1991年は日本でバブル経済が崩壊した年です。日本は戦後の何もない焼け野原から立ち上がり、高度経済成長で戦後復興を果たしました。バブル経済の崩壊は、経済的な豊かさを満喫していた時代の終わりを告げることになります。バブル崩壊後の日本を「失われた10年」と呼ぶことがあるそうですが、小さい頃の僕はそんな社会の深刻な問題を気にすることもなく、すくすくと育っていきまた。子供は10歳頃に物心がつくと言われますが、僕が10歳の頃には時代の象徴的な出来事が起こります。2001年(平成13年)9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件です。この事件が起きた時刻は、日本では夜の時間帯で、ベットの上で転がっていたときに「飛行機が世界貿易センターに突っ込んだ」とラジオでニュースが流れてきた光景を今でも覚えています。悪い出来事ばかりではなく、2002年(平成14年)には、サッカーのワールドカップが日韓で共同開催されました。小学校の頃には携帯電話を持つ友人も増え、中学校の頃には周囲の友達のほとんどが携帯電話でメールのやり取りをしていたので、デジタルネイティブの走りのような世代でもあります。その後、インターネットを中心に情報技術の革新は加速してきます。そして、僕が20歳という区切りの年である2011年(平成23年)3月11日には、東日本大震災が起こりました。

客観的にこうした時代が良いのか、悪いのか知る術もありませんが、僕は現代に生きています。いろいろと問題を考え出すとややこしくなるのですが、物事を考えるスタート地点として、現状を肯定することから始めました。江戸時代に日本に黒船がやってきて、明治維新によって日本が近代化を遂げ、西洋の強国と生き残りをかけた競争をし、植民地を持ち、世界で戦争し、戦争に敗れ、再びアメリカが日本にやってきて日本を改造し、高度経済成長の戦後復興で生活は豊かになり、東京オリンピックが開かれ、バブル経済が崩壊し、不安が日本を漂う中で阪神淡路大震災を経験し、世界は冷戦が終わったと安心していたら、アメリカ同時多発テロ事件が起こり、世界各国では紛争も格差拡大も環境破壊も止まらず、アメリカ発のリーマン・ショックで世界は金融危機に陥り、日本では少子高齢化が叫ばれつつも財政赤字は膨らみ続け、東日本大震災と原子力発電所事故を経験します。

こうして並べてみると大変なことが多いような気持ちになってしまいます。このような厳しい時代に生きるからこそ、「どうやったらこの時代を共に切り抜けられるか?」という発想が重要ではないでしょうか。僕たちは、問題が解決されることを最も望んでいるのであり、自分の意見と合う仲間を見つけるために生きているわけではありません。ありがたいことに、僕たちは今こうして生きています。考えれてみれば、どの時代も悪戦苦闘の連続だったのではないでしょうか。その格闘の結果が今に繋がっている。僕は、歴史とは過去と現在と未来の連続性を持つものだと思っています。昨日が今日をつくり、今日が明日をつくる。これは個人の人生についても言えますが、一つの国にも当てはまることではないでしょうか。今生きていることに感謝をし、肯定するならば、現在を作り出している過去に対しても一定の感謝や肯定が必要でしょう。また、未来に対する責任を持っているのは、言うまでもありません。

だから、僕は時代が生み出した大日本帝国憲法も日本国憲法も、共に肯定することから始めます。そして、これらの時代の社会制度や価値観や生きた人々も、合わせて肯定することから始めます。もちろん肯定することは、過去に対して無批判的な態度であったり、無自覚的に墨守する態度とは、決して同じではありません。時代を変化を考えて、良きところは残し、過去から学べるものは学び、時代に合わなくなったところは変えていけば良い話です。日本はとても長い歴史を持つ国です。長い歴史の分だけ時代を切り抜けた知恵やヒントが多く残されているはずです。過去の全てを否定してしまうのは、こうした知恵を活かす門を自ら閉ざすことになるので、非常にもったいない態度です。その意味では、大日本帝国憲法も日本国憲法も時代を切り抜けた先人たちの知恵の結晶ではないでしょうか。

大日本帝国憲法を完全に否定する方がいるならば、このような事実を抑えるべきだと思います。すなわち、日本は、明治維新後に大日本帝国憲法を制定し、曲がりなりにも近代国家としての形を整えなければ、外国と結んだ不平等条約を改正することは不可能だったでしょう。また、当時の東アジア地域で、国家として独立を維持しているのは、日本とタイだけで、他の国々は西洋諸国の植民地にされていました。そんな危機的な状況下で軍事に予算をつぎ込み、富国強兵しなければ、どこかの強国の植民地にされていた可能性が高かったです。

一方で、日本国憲法を無効だと否定的に考える人たちも、戦後の事実は冷静に認識しておくべきだと思います。日本が敗戦した時に、天皇の戦争責任を問う声がいくつかの国からありました。政府は、天皇を維持する目指す国体護持のために、GHQの発案に基づく日本国憲法案を受け入れました。また、憲法9条によって非武装化を宣言しています。そのため、国の防衛を沖縄を初めとするアメリカ軍基地に依存することで、戦後の経済復興を最優先に進めることができました。結果的に、天皇は継続することになり、日本の国民は経済的な豊さを手に入れました。

どこの時代を切り取ってみても、現在に繋がるような恩恵をどこかしらで僕たちは知らず知らずのうちに受け取っているのです。

今年の2017年5月には現行憲法の日本国憲法が施行されてから70年が経ちます。2018年は明治維新(御一新)から150年目になります。そして、2019年には、平成が終わり、新しい元号へと移り代わります。ここ数年のうちに、多くの時代の節目が重なり合うように訪れます。科学的な根拠は全くありませんが、このようなサイクルの連鎖は、新しい時代への移り変わりを象徴付けるような気分にさせます。

新しい時代とは、世界と日本が抱えている問題を解決することによって切り開かれるのではないでしょうか。少子高齢化、子どもの貧困、財政赤字、在日米軍基地問題、東アジア情勢、歴史認識問題、領土問題などなど、日本が抱える問題を数えあげればきりがありません。これらの問題の原因を冷静に分析し、前進に向けて取り組みしていかなければなりません。また、今のこの文章を読んでいるあなたも、何かに対する問題意識が心に浮かんでいると思います。それは実際に具体的に表面化している問題であるかもしれません。それは自分自身や自分の身近な家族や友人への心配ごとかもしれません。それは明確に捕まえきれない漠然とした不安や焦りであるかもしれません。「日本はどんな国であり、これからどこへ向かっていくのか?」という問いは、グルっと回って最終的に「自分はどんな人間であり、これからどんな風に生きていきたいのか?」という問いに行き着きます。

つらつらと書いてきましたが、僕は憲法草案という形で自分なりの答えを次の時代に向けて提示してみようと思いました。もちろんこの憲法草案の内容に賛成する人もいれば、反対する人もいると思います。ただ理解してほしいのは、僕がこの憲法草案を作ろうとした意図は、誰かの味方になったり、誰かを敵に回すことではありません。どうやってこの時代を生き残っていけるかに心を砕いています。知恵を出し合って、問題に真摯に向き合って、行動していけば、乗り越えられると信じています。

最後に

長い文章に最後まで付き合っていただき、ありがとうございました。

憲法について我が身から溢れ出る思いを書いていたら、結構なボリュームになってしまいました。正気に言うと、自分のなかでまだまだ書き足りないと思うことが数多くあります。どこかでまとめて本にしたいと考えています。ただ、本の出版をしたことがないので、そのあたりの事情が全くわかりません。もし本の出版に関して、紹介していただける方がいらっしゃれば「問い合わせ」から連絡いただけると大変嬉しいです。

憲法草案を作成するまでに、結構な書籍や論文を読みました。僕がこうして一つのまとまった成果が出せるのも、地道に研究をされる方々がいたからだと思います。感謝の気持ちを込めて、参考にさせていただいた書籍の一部を参考文献として最後にあげておきます。

これは、素人ニートの憲法草案です。憲法議論の中で、一つのあり方として参考になるところがあれば、これほど嬉しいことはありません。明治時代には、僕と同じような20代の若者も憲法草案を作って発表したという話を聞いたことがあります。現状を憂い、将来に望みを描くのは今も昔も変わらないんだなと思いました。混乱と停滞の雰囲気が支配するこの現代に少しでも良い流れをつくることに貢献できれば本望です。

つづく。

参考文献

  • 芦部信喜『憲法 第5版』
  • 長谷部恭男『憲法 第6版』
  • 阿部照哉・畑博行(編)『世界の憲法集』
  • 次田真幸『古事記』(上・中・下)
  • 高田祐彦『古今和歌集』
  • 金子治(訳)『大学・中庸』
  • 王陽明・溝口雄三(訳)『伝習録』
  • 『大西郷遺訓』出版委員会『大西郷遺訓』
  • ルドルフ シュタイナー・高橋巌(訳)『社会の未来』
  • 正木高志『木を植えましょう』
  • 高取正男『日本的思考の原型』
  • 渡辺京二『逝きし世の面影』
  • 川島武宣『日本人の法意識』
  • 岡野守也『聖徳太子「十七条憲法」を読む』
  • 長谷川櫂『和の思想』
  • 溝口陸子『アマテラスの誕生』
  • 江藤淳『国家とはなにか』
  • 佐藤優『日本国家の神髄』
  • 坂口恭平『独立国家のつくりかた』
  • ASIAN KUNG-FU GENERATION『新しい世界』
  • 佐藤幸治『立憲主義について』
  • 井上達夫『憲法の涙』
  • 小室直樹『日本人のための憲法言論』
  • 産経新聞社『正論SP 日本国憲法100の論点』
  • 八木秀次『明治憲法の思想』
  • 倉山満『帝国憲法物語』
  • 相澤理『「憲法とは何か」を伊藤博文に学ぶ』
  • 三島由紀夫『文化防衛論』
  • 山本七平『日本人を動かす原理 日本的革命の哲学』
  • 平沼赳夫・池田一貴(訳)『福沢諭吉の日本皇室論』
  • 大石久石『国土が日本人の謎を解く』
  • 渡邉允『天皇家の執事』
  • 葦津珍彦『日本の君主制』
  • 里見岸雄『天皇とは何か』
  • 坂本多加雄『天皇論』
  • 川田敬一『「五箇条の御誓文」を読む』
  • 福沢諭吉『学問のすすめ』
  • 頭山統一『筑前玄洋社』
  • 家永三郎(編)『植木枝盛選集』
  • 安在邦夫『自由民権運動史への招待』
  • 坪内隆彦『維新と興亜に駆けた日本人』
  • 大井健輔『津田左右吉、大日本帝国との対決』
  • 江崎 道朗『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』
  • 豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本』
  • 仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』
  • 菊池理夫『日本を甦らせる政治思想』
  • 大竹利典『平法 天真正伝香取神道流』
  • 伊勢崎賢治『新国防論』
  • 古関彰一『安全保障とは何か』
  • 冨澤暉『逆説の軍事論』
  • 柿谷勲夫『自衛隊が国軍になる日』
  • 矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』
  • 前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』
  • 石川明人『戦争は人間的な営みである』
  • 自衛隊を活かす会『新・自衛隊論』
  • 杉山満丸『「ふたつの悲しみ」秘話』
  • ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ『竹林はるか遠く』
  • 飯尾潤『日本の統治構造』
  • 瀬木比呂志『絶望の裁判所』
  • 滝沢誠『権藤成卿』
  • 大前研一『君は憲法第8章を読んだか』
  • 神野直彦『財政学』
  • 井出英策『日本の財政 転換の指針』
  • 田中秀明『日本の財政』
  • 鈴木亘『財政危機と社会保障』