本日は、第48回衆議院選挙の投票日である。この選挙を通して感じたことを記しておきたい。

安倍総理は9月25日の記者会見で、国難を突破するために解散すると表明した。国難の打開策を国民に問うために解散したと安倍総理は話している。そして北朝鮮に対する圧力の強化、国の借金返済から教育や福祉などの社会保障への消費税増税分の使用用途の変更という2点が大きく語られた。「北朝鮮問題」と「財政問題」は、いつ頃から国難として認定されはじめたのだろうか。また、その国難の原因の根源は一体どこにあるのだろうか。

北朝鮮問題については第二次世界大戦後に朝鮮半島に軍事的な空白が生まれ、朝鮮半島が米ソ冷戦の戦場になり、現在も朝鮮半島が北朝鮮と韓国が内戦状態にあることが問題の根源にある。そして、財政問題は日本の社会制度が時代ごとに更新されず、長期的な視野に基づく政策を取り組んでこなかったことによる、いびつな人口構造が原因だと僕は考えている。今起こっている問題を、その歴史を紐解いて理解していかなければ、その場しのぎの方法しか実行できず、問題解決が先送りされてしまう。これは公共的な損害である。

この選挙では、民進党が分裂し、希望の党と立憲民主党という新しい政党ができた。僕は政党の歴史には詳しくはないけれども、新しい政党を作るという大きな事を選挙のドタバタの中で本当にやって良いのだろうかと疑問に思った。政党とは、ある政治的な理念に共感する有志の集いである。そして、僕たちの生きる民主主義社会では、多様な国民の意思を反映させる機能を持っている。けれどもニュースを見ていると、議席を多く取るためであったり、政治家という職業を維持するために、結党がなされてように見えてしまう。このような外面的な影響により受動的に結党しても、それが長い目で良い効果を及ぼすのであろうか。選挙のための政党になってはいないだろうか。志のない政党は長くは続かないと思う。

なぜこのようなことを書いたかというと、それらの政党が政権を担った時のことを心配しているからである。政権を預かることになれば、政策を立案し、実行しなければならない。また、多くの利害関係者との交渉や調整も必要になってくるし、世界の国々と外交をやっていかねばならない。また、日本国家として一貫性も求められるため、前政権との継続性も考慮しなくてはならないだろう。すなわち、野党とは違い、与党になると、考えねばならない要素がとてつもなく膨大になる。さらに国民は一枚岩ではない。国民の中にも利害関係や意見の相違がある。だから、全ての国民の声を聞けば、理想的な政策が実現できるとは思えない。

僕たちの人生に時間やお金という物理的な制限があるように、国家にも制限がある。人間は全知全能の神様ではないので、全ての願いを実現するのは不可能である。だから優先順位をつけ、取捨選択をしなければならない。この時の判断基準になるのが、政党の理念や綱領である。その政党の理念や綱領から政策が決まってくる。そして、その理念や綱領を形作る前提として、その政党がどのような歴史認識を持っているかは重要である。僕は、人間は歴史を離れて生きることができない生物だと考えている。だから過去が現在を作り、現在が未来を作ると思っている。だから、その政党の歴史観とは、ある意味でその政党が実現する未来の形という訳である。もしその政党に歴史観がないとすれば、その政党に長期的な未来を描く力はない。できるとすれば、場当たり的な絵に描いた餅である。本当に取り組みたいのであれば、紙に餅を描くのではなく、餅米を作るための土作りから始めるのが健全ではないか。

もう一つ今回の選挙で憂いだことがある。それは安倍総理が街頭演説をしているときに「安倍辞めろ」と聴衆からコールが上がったことである。この光景は先の東京都知事選挙でも見られたが、それがエスカレートしたように思える。この辞めろコールを受けて、安倍総理が演説場所を変更するような事態も起こった。僕は、一国の総理大臣の演説に対して辞めろと叫ぶ民衆がいる状況は、決して社会に良い影響を及ぼすとは思えない。民主主義は言論によって支えられている。言論とは、相手に主張を聞き、自分の主張をするというのが基本である。けれども一部の民衆の怒りや不満は、そのルールを守ることできないほど高まっている。また、報道はされていないが、安倍総理の演説を聞いている人の中には「偏向報道辞めろ」とメディアに対して主張する人々もいた。そして、民衆の中には安倍総理に賛同する人々と反動する人々の小さな小競り合いもあった。この選挙に見られた対立は徐々に大きくなっていくだろう。この緊張感の高まりが形を変えて、今後大きな不安定要素の一つになっていくのではないだろうか。

憲法改正、安全保障、消費税などそれぞれの争点はもちろん重要であるが、僕は今挙げたような点が気になってしまった。「国家百年の計」。数年で国家を立て直すことはできない。100年のスパンで民衆の未来を思い、自らの行く末を定めていきたいと思う。

つづく。