友達の紹介で『くにまもり演説大会』という大会にエントリーしている。本日は二次審査があった日。7分間という限られた時間で自分の思いを伝えるのは、とても難しい。かといって長く話せば良く伝わるかというとそういう問題ではない。不要な言葉を削って、エッセンスだけを抽出する作業は、何だか職人になった気分にさせる。

話したテーマは、『憲法議論と日本の未来』。僕はコテコテとした演説はできないので、ヒョウヒョウとした話し方になってしまう。二次審査の結果は、12月17日の分かるそうだ。結果はどうなることやら。

以下にスピーチ内容の全文を載せておきたい。そういえば、会社を辞めた下りの話では、会場からどよめきというか笑いが起こった。自分の人生を笑い飛ばすことができれば、実に楽しいものだ。

2014年6月30日の夜、私は官邸前にいました。「解釈改憲、絶対反対」「安倍はやめろ」とすさまじい民衆の怒号が官邸に飛んでいきます。それは、集団的自衛権の行使容認の閣議決定に反対するデモでした。私はそれ以前に政治に無関心で、選挙もろくに行ったことがありませんでした。けれども、Facebookの投稿でデモに関する情報が流れてきて、思わず好奇心が働きました。現場に行くと、ものすごい熱気に溢れていました。デモ隊と警察が激しく揉み合っています。警察はデモ隊に「お前たちは何がしたいだ!」と叫び、デモ隊は「お前たちには民衆の声が聞こえないのか!」と言い返しています。私はその渦中にいました。これが私と憲法の最初の出会いです。

その頃はまともに憲法を読んだことがあるはずもなく、無知でした。憲法について、自分の記憶を辿ってみると、中学校時代の国語の授業で日本国憲法の前文を暗記することが課題として与えられ、成績のために暗記したことくらいです。

憲法9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書いてありますが、現実には自衛隊という存在があります。この憲法と現実のギャップが気になり始めました。なぜこのようなギャップが生まれたのだろうか。そして、なぜ今までそのギャップが放置されてきたのだろうか。大学時代に法学部でもなかった私は憲法の解説書を買い込んで、独学で憲法を学び始めました。

憲法を勉強し始めてみると憲法を変えたい「改憲派」と憲法を守りたい「護憲派」という二つの潮流があることが分かりました。私は憲法について何も知らなかったので、まずは憲法をゼロから考えようと「考える憲法」と書いて「考憲派」と勝手に自らを名付けました。自分が憲法について調べて考えたことを共有する勉強会を開きました。最初の勉強会には8名の方が来てくれました。

憲法の議論をのぞいて見ると「改憲」「護憲」というレッテルが貼られてしまい、生産的な議論が行われているようには見えませんでした。固定化された状況は、閉塞感を生み出します。そのような悪い状況が生まれると、人々は言い訳をしたり、他人の批判ばかりをするようになります。「いつまでも経っても考えていてはしょうがない!」と思い、憲法議論を活性化する目的で、自らの憲法草案を作ってみることにしました。私はシステムエンジニアという仕事をしていて、アイディアを形にしたり、物を作るのが好きでした。ものづくりの精神に火がついてしまったようです。

今の若い人は何でもGoogleで検索します。私もその一人です。早速、Googleで「憲法の作り方」とワードを打ち込んで調べてみます。けれども有効な情報が見つかりませんでした。「しまった。大変な分野に来てしまったな。」と正直に思いましたが、私はかなり単純な人間で、決めたらやらないと気が済まない性格です。時間は昔に戻すことはできません。なので、私も前に進んでみることにしました。

先ほどもお話したように私はシステムエンジニアです。憲法学者でも法学部の学生でもありません。そんな素人がせっかく作るのだから、日本のこれまであった二つの憲法、大日本帝国憲法でもなく、日本国憲法でもない、新しい憲法を作ってみようと考えました。世界の憲法や憲法学の本、社会保障や安全保障の本、さらには国体論や古事記や古今和歌集なども参考にしました。憲法草案を作るのにまとまった時間が欲しかったので、ついでに会社も辞めてしまいました。

世界の憲法は面白いもので、モンゴルの憲法には「家畜の保護」が書かれていたり、イスラーム教が国教のイランの憲法には「唯一神への服従」が書かれていたりします。いずれの憲法もその国の特性を表す紹介文のようでした。私は憲法を通して世界を知りました。韓国の憲法には「朝鮮半島の平和的統一」が記されています。

憲法の条文を書き始めてから4ヶ月、2017年2月11日に憲法草案を自分のブログで発表しました。しかし、憲法草案を勢いで作ったものの、その先を全く考えていなかったので、困りました。そこで思いつく限りの東京の新聞社に出向き、憲法草案を渡してきました。直接記者に渡すこともできましたが、まるで怪しい人を見るような目つきで私の憲法草案を受け取りました。ただ逆の立場を考えると、相手の反応も理解できます。心は広く持ちたいです。

それから憲法の勉強会に呼ばれることが何度かありました。そこで印象的だったエピソードを紹介します。私が憲法についての講演をした後に感想をシェア会がありました。私の近くに座っていた年配の女性が「あなたはどうやって憲法を作ったの!私も作ってみようかしら。」と目を丸くして話しかけてきました。あとで周りの人から話を聞くと、その方は長らく共産党を応援している方のようでした。共産党といえば、いわゆる護憲派の勢力であります。

人は、案外イデオロギーや思想よりも、ワクワクすることや面白いことに惹かれるのかもしれません。その会は、10名程度の小規模な会でしたが、ブルーリボンをつけた方から共産党を応援する方まで実に多様な面々が集う会でした。そこで共通していたのは、タブーなく憲法について広く話し合いたいという意見でした。憲法の議論には長い時間が必要ではありますが、私は国民を信じています。

私にとって「くにまもり」とは、創造することです。全ての時代の社会は過渡期であります。どんな時代にも問題があり、夢があり、ドラマがあります。時代を前に進めるのは、新しい力です。現在、私は来週に行うワークショップの準備をしています。それは憲法草案を作るワークショップです。私が蒔く創造というタネは小さくではありますが、現在進行形で広がりつつあります。そのタネがゆくゆくは日本の明るい未来という美しい花を咲かせて欲しいと心から望みます。それが私にとってのくにまもりです。日本の未来という名の花を。

つづく。