友達の紹介で「くにまもり演説大会」にエントリーしていました。1月7日の第三次審査を通ることができず、2月11日の本戦に出場することができませんでした。自分の中のベストは尽くしたので、悔いはありません。しかし、期待や応援をしてくれた方々には、その気持ちに応えられずに申し訳ないです。

おかげさまで、今年の2月に憲法草案を発表してから、たくさんの人と出会い、そして、話をして来ました。演説の原稿を何度も書き直している時も、自宅の壁に向かって演説の練習をしている時も、いろんな人たちと向き合ったシーンが頭に浮んできました。僕が憲法を通して出会った人々の思いを7分間に詰め込んだつもりですが、自分の力が足りなかったなと感じました。自分の器がまだまだ小さいことを自覚しながら、今後の糧にしていきたいです。その時の原稿を載せておきます。

『ニート憲法と日本の未来』

こんにちは。(沈黙)

ルールって何でしょうか。私は今沈黙をしました。けれども考えてみてください。私には演説時間が与えられています。この時間をどう使うかは私の自由です。しかし、私のこのルールの解釈にあなたは不安に感じたでしょうか。私が憲法に出会った時も、似たような状況でした。

2014年6月30日の夜、私は官邸前にいました。「解釈改憲、絶対反対」「安倍はやめろ」。民衆の怒号が官邸に飛んでいきます。それは、憲法の解釈によって、集団的自衛権の行使を認める閣議決定に反対するデモでした。私はその頃、政治に無関心で、選挙もろくに行ったことがありませんでした。Facebookにデモに関する情報が流れて来て、思わず好奇心が働きました。現場はすごい熱気に包まれていました。デモ隊と警察が激しく揉み合っています。警察はデモ隊に「お前たちは何がしたいだ!」と叫び、デモ隊は「お前たちには民衆の声が聞こえないのか!」と言い返しています。私はその渦中にいました。これが私と憲法の最初の出会いです。

憲法9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書いてあります。しかし、現実には自衛隊という存在があります。この憲法と現実のギャップが気になりました。なぜこのようなギャップが生まれたのだろうか。そして、なぜ今までそのギャップが放置され続けてきたのだろうか。大学時代に法学部でもなかった私は憲法の解説書を買い込んで、独学で憲法を学び始めました。

憲法議論をのぞいて見ると、憲法を変えたい「改憲派」と憲法を守りたい「護憲」の2つの立場の対立が続き、生産的な議論が行われているようには見えませんでした。私は憲法について何も知らなかったので、まずは憲法をゼロから考えようと「改憲派」でも「護憲派」でもなく「考憲派」と勝手に自らを名付けました。そして憲法の勉強会を開きました。最初の勉強会には8名の方が来てくれました。

憲法を考えようと始めたのですが、次第に「いつまでも経っても考えていてはしょうがない!」と思い、憲法議論を活性化するために、自らの憲法草案を作ろうと決めました。今の若い人は何でもGoogleで検索します。私もその一人です。早速、Googleで「憲法の作り方」とワードを打ち込んで調べてみます。けれども有効な情報が見つかりませんでした。「あぁ、しまった。大変な分野に来てしまったな。」と正直に思いました。しかし、私はかなり単純な人間で、決めたらやらないと気が済まない性格です。時間は昔に戻すことはできません。なので、私も前に進んでみることにしました。

私は、憲法学者でも法学部の学生でもありません。そんな素人がせっかく作るのだから、これまでにない新しい憲法を作ってみようと考えました。世界の憲法、社会保障や安全保障の本、さらには古事記や国体論なども参考にしました。憲法草案を作るのにまとまった時間が欲しかったので、ついでに会社も辞めました。

憲法草案を書き始めてから4ヶ月。2017年2月11日に憲法草案を自分のブログで発表しました。その時、私は無職です。当然学校にも行っていなかったので、ニートでした。私の憲法を名付けるとすれば、ニート憲法でしょう。ただ実際には、他人の目線や社会の評価を気にすることなく、自分が夢中になることを全力でやっただけです。

その後も憲法に関する勉強会やイベントを繰り返しました。憲法草案を作り、日本の未来を考えるというワークショップを実施しました。そこには、政治的に左翼の人も、右翼の人も来ていました。そこで大きな発見がありました。人々は、思想やイデオロギーの対立を望んでいるのではなく、日本の未来のために何をするべきか?日本が自立するためにはどうするべきか?こういう議論を憲法に求めていたのです。日本は、どこかの国の植民地ですか?日本は、憲法を持った独立国家でしょう。誰も不毛な対立を求めていません。私たちが求めているのは、明るい未来です。

注意してほしいことがあります。私は特別な人間ではありません。ただ他の人があまりやらないことをやったので、こうして前に立って話しているだけです。憲法草案を作る前も、作った後も、私という人間が変わったわけではありません。私は自分が与えられた条件の中で、考え、悩み、そして行動しました。しかし、これは、みなさんが日々の仕事や育児や勉強で毎日挑戦していることと同じです。もし私が特別な人間だとすれば、それと同じくらいあなたも特別で、そして掛け替えのない存在です。

これは一体何を意味するのでしょうか。私たちは、社会を良くしていく力を持っています。時代を前に進めるのは、新しい力です。その力は、私たちそれぞれの心の中にあるのです。一人一人が自分の心、それこそ魂が本当に喜ぶことをやる。それが回り回って社会全体のためになる。これが私の理想とする社会です。この理想は「和をもって尊しとなす」、私たちの古き良き十七条の憲法にも書かれていることです。私たちが取り戻すべき国とは、主体性と多様性を大切にした調和のある国ではないでしょうか。このような和を重んじる態度こそが今の憲法議論に求められています。憲法とは、政治家や学者などの一部の人たちのものではありません。もし一部の人たちだけで憲法を変えようとするならば、それはみんなの問題はみんなで決めようと書かれた十七条の憲法に反します。憲法とは、私たちが描くべきビジョンなのです。

みんなの問題は、みんなで話し合いましょう。右も左も、保守もリベラルも、改憲も護憲も、豊かな人も貧しい人も、子供もお年寄りも、暇な人も忙しい人も、過去に亡くなった人もこれから生まれる人も、みんなで憲法を話し合いましょう。意見の違いや葛藤が生まれたら、それを共に乗り越えていきましょう。そして、そこから素晴らしい未来のために新しい日本をつくっていきましょう。希望を心に抱き、前に進んでいきましょう。そして、これからが楽しみですね。

演説は、ここまでです。

この演説を通して、自分の中で発見がありました。演説の原稿を書いているときに、どんな風に伝えようか、なかなか悩みました。声に出して読んでみて、「何か違うな〜」と何度も書き直しました。そんな時にポッと「魂」という言葉が湧いてきました。僕は、日常会話で「魂」という言葉を使いませんが、なぜか自然と出てきました。「心」「気持ち」「精神」「意識」など、似たような言葉があるのですが、やっぱりあそこは「魂」という言葉が自分の中でピッタリでした。演説の時も、「魂」という言葉に力が一番強く入りました。

魂ってあるんだな。そんなことを感じた演説大会でした。

つづく。