「対話集会 目前に迫った改憲提案をどう考えるか」というイベントで『アジアシフト』というテーマで短いスピーチを行いました。その時の発表原稿です。

初めまして、桐山洋平です。今回は東アジアの安全保障について自分の経験を踏まえてお話ししたいと思います。まず簡単に自己紹介をさせてください。自分の人生とこれから話す内容は、切り離せない関係にあります。

私は、1991年のバブル経済が崩壊した年に生まれました。ゆとり世代を言われながらも現在はエンジニアとして働いています。2011年にシリアを訪問し、そこでシリアの内戦を知り、政治関心を持ち始めました。その後、社会に出て、働き始めました。2014年には集団的自衛権の問題が大きな論点になっていた頃、憲法を独学で勉強し始めます。そして、2016年に会社を辞めて、自分で憲法草案を作り始めました。どうやらこのあたりから自分の人生が明るく狂い始めます。2017年に憲法草案を発表し、憲法に関連したイベントを開催しています。

そして、2018年には中国へ留学予定です。

「シリア・憲法・中国」と聞くと何の関係もないように見えますが、自分の中では一つの物語として繋がっています。

これはシリアのアレッポ城です。アレッポは、古い町で日本で言うと京都のような古都にあたります。アレッポ城は紀元前10世紀頃に作られた城で、長い間アレッポを外敵から守ってきました。けれども、内戦が始まってから、たった1年でこのアレッポ城は破壊されてしまいました。外敵から守ってきた城が、内部対立によって崩壊する。これは自分の中で何か象徴的な出来事でした。

社会で働き始めてからしばらくして、2014年頃に集団的自衛権の問題がありました。政治にあまり強い関心がなかったのですが、違和感を覚えて、デモに参加しました。この写真の中に自分も写っています。

集団的自衛権と憲法は、どうやら関係があることを知り、独学で憲法のことを勉強し始めました。憲法を勉強し始めると、憲法を変えたい「改憲派」と憲法を守りたい「護憲派」の対立が続いていることが分かりました。自分の中にはシリアの経験もあり、その時の日本は「内戦をしてる」ように思えました。

確かに軍事的な武器を使っていませんが、言論という武器を使って、お互いに対立しています。議論の中身を見てみると、決して建設的なものとは言えず、お互いに対話をするためのテーブルすらない状況でした。内部対立ばかり起こしている国がどんな状況になるのか。私は、日本がシリアのようになってほしくなかったです。

憲法の議論を前進させるために、自ら憲法草案を作ることになりました。私は、自分の意見を言いたいから憲法草案を作ったというよりも、議論のたたき台になってほしいという思いが強かったです。

その後は、憲法に関するイベントやワークショップを開催しています。自分のイベントで大切にしているのは、「未来志向で考える」「自分目線で考える」「対話を大切にする」という点です。今までに4回の憲法ワークショップを実施して、20条の新しい憲法の条文、10個の新しい権利や自由が市民レベルで生まれてきました。3月25日には、「憲法の国民投票はタブー?それともチャンス?」という憲法と国民投票を絡めたイベントを行います。良かったらお越しください。

私が憲法から東アジアに目を向けるきっかけになった出来事があります。憲法草案を作り終えた後、自分の世界を広げようと隣国の韓国へ行ってみました。韓国へ訪れた次の日の朝、自分の携帯電話に、このような通知が飛んできました。

この時、私はソウルにいたので、ソウルから30kmほど離れた北朝鮮から日本上空へ向けてミサイルが発射されたのです。いろいろと考えさせられました。憲法は大切ですが、あくまで国内法です。日本の平和は、日本一国では完結しません。日本の周辺国を含めて、平和というもの考えていかなければならないと思いました。

それから東アジアの国々を回って見ました。2017年9月にソウル、2017年11月に台北、2018年1月に香港と広州へ行きました。

この時の交通手段は、LCCです。2万円もあれば往復でこうした地域に行くことができます。言語ができなくてもGoogle翻訳などを使えば現地の人と簡単なやりとりはできます。相手のことを知ろうと思えば、簡単に知ることができる時代です。

アジアを巡って気づいたことがあります。一つ目は、「民衆と政府の考えは一緒じゃない」ということです。いくつか例を紹介しましょう。韓国のソウルへ訪れた時、日本の植民地時代を知る87歳のおばあさんに「日本の植民地時代は素晴らしかった」と言われました。また、中国へ訪れた時に若い男性から「中国と日本は戦争をした。けれども日本が戦争をするにも十分な理由があった。」と言われました。もちろん、こうした考えは彼らの国の中では、マジョリティーではないかもしれません。ただ、一つの国を取り上げて、「親日」であるとか「反日」であるとか、レッテルを張ること自体が不毛だと思いました。

もう一つ気づいたことがあります。それは「東アジアには様々な分断線があり、争いの火種になりうる?」ということです。確かに、東アジアを見てみると、冷戦によって生まれた分断線があります。朝鮮半島の分断、台湾と中国の分断、日本国内に目を向ければ、沖縄と日本本土の分断もあるかもしれません。

しかし、ソウルの安重根記念館のスタッフに、このようなことを言われました。

「韓国では、安重根は国家の英雄で、伊藤博文は侵略者です。一方の日本では、伊藤博文は偉大なリーダーで、安重根はテロリストでしょう。けれども、この認識の違いは当然のことです。時間はかかるけれども、自らの歴史認識を持ち寄ってお互いに理解を深めていくべきです。最も危険なものは、差別主義であり、排外的な愛国主義です。それは韓国でも、日本でも同じことです。」

私が東アジアを訪れた際に、会って人々はみんな冷静で未来志向の対話を求めていました。東アジアには分断線が存在すると言われてますが、本当に存在するのでしょうか。あたかも分断が存在するかのように思わせ、危機を煽っているだけではないでしょうか。

この北朝鮮の危機で最終的に得をしたのは、誰でしょうか。結果的に東アジアに軍事的なプレゼンスを拡大させたアメリカと危機を煽ることで儲かった言論集団ではないでしょうか。(会場から「核シェルター会社も儲かった」という声あり。)

それでは、東アジアの安全保障は、どのように考えていけば良いのでしょうか。安全保障という言葉あります。この言葉を聞くと、「国家」や「軍隊」を思い浮かべるのではないでしょうか。安全保障を英語で訳すと「Security」ですが、この安全保障という概念は、歴史的な変遷を経ています。もともと安全保障という言葉は、「勝手に税金を取らないでほしい」、「身体の自由を保障してほしい」というように自分たちの自由を守るための人権でした。つまり私たちに近しい言葉だったのです。安全保障が「国家」や「軍事力」を結びつけて考えるようになったのは、最近のことです。

実は日本国憲法にも安全保障”Security”が、すでに書かれています。前文の中に「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いてあります。この安全とは、Securityです。では、この安全保障を実現するのは誰なのでしょうか。その主語は、国家でしょうか、政治家でしょうか。日本国憲法には、その主語は「日本国民」と書かれています。つまり、安全保障を実現するのは、私たち市民なのです。

ここで少し歴史を振り返ってみましょう。これは中国の中山市にある孫文の銅像です。孫文は、辛亥革命のリーダーであり、近代中国を作った人物です。中国大陸からも台湾からも尊敬を集める人物です。この銅像は誰から送られたかをご存知でしょうか。それは、梅屋庄吉という民間の日本人です。彼は、孫文の辛亥革命に多大な資金の援助を行いました。辛亥革命が終わった後に、日本から中国へこの銅像が送られました。

けれども、この銅像にも危機が訪れます。文化大革命です。この銅像も破壊されそうになりましたが、現地の中国人は、「孫文の銅像は、中国と日本の友好の証」であるとして、文化大革命の最中も守ってくれました。この時に中心的な働きをしたのが中国共産党の周恩来です。

ここから何が言えるのでしょうか。日本と中国の歴史は、対立ばかりではありません。日本と中国が協調した時代があったのです。そして、その協調をリードしたのは、私たちのような民間人でした。

孫文が辛亥革命を終えた後に、神戸で『大アジア主義』という講演をしています。そこではこんな一文で締めくくられます。

「日本は西洋覇道の番犬になるのか。東洋王道の干城になるのか。」

この問いは今でも続いているでしょう。日本はアメリカの番犬になるのか、アジアの番人になるのか。こうしたことを考えていかなければならないと思います。

19,20世紀の孫文たちが活躍した大アジア主義は、西洋の植民地から独立を果たすためにアジアの人々で協力しようというものでした。そこには、背景として軍事力が求められました。では、私たちが生きる21世紀には、どのような大アジア主義が必要なのでしょうか。

それは存在しないはず分断線を解放することはないでしょうか。そのためには、文化や経済などの交流を広げていく必要があると思います。たとえば、中国の本屋に行けば、東野圭吾の小説が山積みになっています。台湾へ行けば若い人は日本の漫画やアニメを読んで、日本に興味を持ってくれています。このような文化的なソフトパワーを構築していくことが必要なのではないでしょうか。それこそ新しい時代の抑止力なっていくのだと思います。この新しい抑止力は、核兵器のように人々を脅かすものではなく、人々を豊かにしてくれるものでしょう。

改憲の議論が進んでいます。私はこのように考えています。「今の憲法議論は、100年後どのような評価をされるのだろうか?」という視点です。自衛隊の明記は、短期的には日本の国益に繋がるかもしれませんが、私はそこに長期的なビジョンを感じません。

私は、9条を変える前に日本がやるべきこと、できることはたくさんあるように思います。それは、日米安全保障条約に全面的な見直しを含めて、アジアシフトをすることではないでしょうか。それが日本の自立を平和に繋がると考えています。

そして、アジアシフトの主役は、私たち市民です。

(スピーチここまで)

このイベントは、非暴力平和隊・日本(Nonviolent Peaceforce Japan,NPJ)によって主催されました。代表の君島東彦氏(立命館大学国際関係学部教授)が冒頭に「そもそも憲法とは」という投げかけをし、僕を含めた4人の一般人が改憲についての考えをスピーチをした後に、全体でグループディスカッションをするという内容でした。

3時間のイベントだったのですが、かなり盛り上がってしまい、時間が足りずに終わってしまいました。とても熱気に満ち溢れた時間でした。会場からは「国境ってそもそも何だ?」「国家とは何だろうか?」など、当たり前に考えてるものへの根本的なところへの問いかけがあって、とても刺激になりました。

君島先生の「憲法とは共同体の構造である。地域の憲法もあれば、EUのような超国家的な憲法も存在する。」という発言が印象的でした。NATOのような集団安全保障もその意味で言えば、憲法と言えるかもしれません。思考実験として「アジアの憲法とは何か?」「アジアの集団安全保障体制とは何か?」を考えてみるのも面白いなと思います。

今回のイベントが発酵して、何かしらの形で次に繋がってくれることを祈ってます。

つづく。