ボォーーーン、ボォーーーン。

沈黙で埋め尽くされた教室に、古時計の鐘の音が響き渡る。

「素敵な音ですね。」

壇上の講演者は、鐘の音が鳴り始めると続けていた話を止め、鐘の音にそっと耳を傾けていた。講演をしていたのは、拓殖大学前総長の渡辺利夫先生という人物である。『杉山三代と台湾』というテーマで基調講演をしていた。どんな話かというと、杉山龍丸が蓬莱米を台湾からインドで広げていき、その流れがアジアの食糧危機を救う一つの起点になったという話である。

渡辺先生の専門は開発経済学であるはずなのに、先生の話の中にはなぜかしら人物描写が多い。ただ事実を羅列するのではなく、この時この人物はこんなことを思った、こんなことを言ったのではないかと想像力を働かせながら話を進めていく。その語り口に自然と身体が引き込まれていく。まるで小説を読んでいるかのような感覚だ。

そして、渡辺先生の話を遮るようにユンハンス製の時計が時間を伝える鐘の合図を出す。この鐘は、杉山家にある古時計と同じ種類で、その鐘の音色は夢野久作の『ドグラマグラ』にも出てくる。時計は普段を時を静かに刻んでいる。彼は取り立てて自己主張はしない。けれども、時間の節目になると自らを奮い立たせ、精一杯自分を押し出してくる。時計の存在は、何やら象徴的なものに感じた。

時間は連続している。これは当たり前すぎて何も考えることはない。けれども、よくよく考えてみれば、宇宙が誕生した瞬間から、1秒、そしてまた1秒と時間を積み重ねてきた訳である。恐竜が大地を舞っていた時も、ライト兄弟が人類で初めて空を舞った時も、同じ1秒を経過している。

古時計の鐘は、中断の合図である。今まで無意識に連続していたものに人工的な節目をつける。そして、また新たに時を刻み続ける。この中断の訪れは、私たちが自らを省みる時間かもしれない。

渡辺先生の巧みな話を時計によって遮られた時、私は夢野久作の書斎を頭に思い浮かべていた。きっと夢野久作は目の前の原稿を夢中になって筆を進めていただろう。廊下から「ボォーーーン、ボォーーーン。」と不気味なほどに時計が鳴り響く。そして、彼の筆は止まり、いろんな物事が頭をよぎったに違いない。自分が聞いた話では、『ドグラマグラ』の初期草稿には、冒頭に時計の音の記述は入っていなかったらしい。消えては現れる時計の姿に、夢野久作も何かを見つけたのだろう。

その時、私は拓殖大学の教室の中にいた。というのも3月17日、18日は「夢野久作と杉山三代研究会」という会の催しがあり、私はイベントの実行委員長をやっていたからである。杉山家とは、杉山茂丸、夢野久作(杉山泰道)、杉山龍丸の親子三代のことで、いずれも大きな功績を残しており、それだけでなく人物的にもユニークである。この研究会は、龍丸の息子である杉山満丸氏と福岡の有志が中心となって立ち上げられた研究会である。

このたびは杉山家と拓殖大学に所縁があり、拓殖大学で催しをすることになった。歴史を振り返ると、杉山茂丸は台湾銀行の設立に携わっている。さらに、茂丸は拓殖大学第3代学長や台湾総督府民政長官を勤めた後藤新平とも深い交流があったとされる。こんないわれがあり、この研究会のイベントが拓殖大学で行われることになったのである。

「夢野久作と杉山三代研究会」は、2013年に発足してから福岡でイベントを重ねてきた。それが第6回目に東京へ上陸することになった。西の福岡から、東の東京へ。研究会の規模としてはそこまで大きくはないが、この東遷は何か新しい時代の幕開けを告げるものであるように感じた。歴史がガタガタと音を立てて変わっていく、かなりの誇張のように聞こえるが、少なくとも私の中には、そのくらい深い地点での地殻変動のように思えたのである。

研究大会の冒頭では、インド大使館より参事官の挨拶があった。杉山龍丸のインド緑化運動を讃える言葉があった。杉山龍丸がインドで活躍していた時期、日本とインドの関係は冷戦構造の影響を受け、友好ムードではなかったそうだ。そんな逆境を物ともせず、龍丸はインド緑化事業に邁進していく。

杉山三代の物語を見ていくと、日本・中国・インドという三つの国の関係が有機的な繋がりをもって浮かび上がってくる。国境や民族を超えて、人々は手を取り合っていた。そんな物語だ。

もちろん杉山家を外面的に見るならば「杉山家とアジア」は一つのテーマであろう。けれども、この三代が投げかけたものは、現代社会に生きる私たちに別のテーマを投げかけているようにも思える。イベントのチラシの裏側に、こんなことを書いた。

明治・大正・昭和の激動の時代を駆け抜けた世にも奇妙な一家がおりました。その名も、杉山家。現在この一家で有名人といえば、日本三大奇書『ドグラ・マグラ』を書いた夢野久作でございます。「読むと狂う」と伝わる本を残した夢野久作が生まれた杉山家も一筋縄では行きません。父は、政界のフィクサーと呼ばれ、近代日本を牽引した杉山茂丸。息子は、インド緑化に尽力し、グリーンファーザーとインドから仰がれる杉山龍丸。杉山3代それぞれ生きた世界は違えども、文学から政治まで行ったり来たりと縦横無尽の活躍ぶり。人類の歴史は何故この3代を生み出したのか。この答えを探れば、病んだ現代社会の処方箋にもなりましょう。さてさて私たちが見ているものは、夢か、現実か…。はたまた夢のような現実か、現実のような夢か…。独りでウンウン悩むも良いけれど、一緒に謎解きしませんか。

「良く狂う」これがもう一つのテーマであろう。杉山三代のどの人物を取り上げても、自分が信じる事に忠実であり、彼らのやったことは革新的なことが多い。だから、同じ時代に生きる人々から理解を得るのが難しかったであろうし、変人扱いされたと思う。けれども時間を経て、ある程度冷静に過去を振り返ることのできる私たちからすれば、彼らは、変人ではなく、偉人という扱いである。

変人か、偉人か、それは時代によって変わる。

いつの時代も行き詰まる。それぞれの時代にはそれぞれの問題があり、どの時代が幸福であったかなんて簡単に優劣を評価することはできない。けれども、人々は時代の行き詰まりというものをどうしてか感じてしまう。この奇妙な三代が世に広まる状況とは、人々が狂いを求めているのではないだろうか。「今の閉塞感的な社会で窒息するよりは、乱れて狂い新鮮な空気を吸い込むほうがより人間的ではないか」、こんな風に感じる人々が少なからずいるかもしれない。

ボォーーーン、ボォーーーン。

『ドグラマグラ』は時計の鐘の音で始まり、時計の鐘の音で終わる。時計とは、始まりの合図でも、終わりの合図でもない。それは、太古から現在、そして未来へと続いていくことを象徴する。時計は時間に終止符を打つために、自らを鳴らす。その鐘は、危機の到来を警鐘する鐘なのか、明るく豊かな福音の鐘なのかは、定かではない。けれども、鐘は必ず鳴らねばならない。

嗚呼、新世界。