日曜日の朝、畑に出向く。

東京の町田市小野路。町田の北部丘陵地帯は東京らしからぬ懐かしい里山風景が広がっている。僕のささやかなお気に入りスポットでもある。

ここは「あした農場」の畑である。「あした農場」という名前には、「今よいだけではなく、未来にとってもよい」農業にしたいという意味が込められている。農薬や化学肥料に使わず、自然の本来の力を頼りしながら農業を行っている。たびたび僕は、あした農場にお手伝いに行く。

この日は、トマトのお世話をしていた。トマトの苗を囲った柵の上からロープを垂らしたり、脇芽を摘んだりしていた。燃え上がるように真っ赤に実るトマトは、この時期には、まだ初々しいほどの若緑である。

トマトは、全身に浴びる太陽と大地から受け取る水と養分を自らの中で転換させ、大きくなっていく。人間を大地に植え、太陽を浴びせても、やっぱり成長しないので、トマトはなかなかエコロジーな存在である。

今回のテーマは、「食料主権・食糧主権・食の主権(Food Sovereignty)」である。

僕は、憲法についてのワークショップを何回かやっているのだけれども、過去に「食と憲法」というテーマでワークショップをやったことがある。そこで食に関する世界の憲法を調べていたときに、「食料主権」という言葉に出会った。

聞きなれない「食料主権」を知った時に、食の権利や食の安全保障に近い概念かと思ったら、どうやらそうでもないようだ。そこには農民のストーリーがある。

「食料主権」とは、1996年に「ビア・カンペシーナ」と呼ばれる中小農業者の国際組織が唱え出した言葉である。ビア・カンペシーナは、1992年に中米・北米・ヨーロッパの農民リーダーがニカラグアのマナグアに集まったことが設立のきっかけになっている。翌年の1993年にベルギーのモンスに集い、NGOとして正式に発足することになった。

「ビア・カンペシーナ」とは、スペイン語で「農民の道」という意味を持つ。元々は、スペインの植民地であった中南米の農民運動が母体になっているようだ。現在は、世界81カ国の182団体と2億人の農民が加盟している国際的な農民ネットワークである。日本では、農民運動全国連合会(農民連)が加盟している。

ビア・カンペシーナが「食料主権」を提唱した1996年は、WTO(世界貿易機関)がスタートした翌年であり、世界の飢餓の根絶を目指した世界食料サミットが開催された年でもある。僕が読んだ文献によれば、この世界食料サミットはWTOの自由貿易強化の流れに妥協して、貿易の自由化こそが飢餓解消に繋がるとして「食料安全保障」というスローガンにより、食料の量的な供給の担保を目指した。

この世界食料サミットと並行する形で行われたNGOフォーラムでビア・カンペシーナは、「食料主権」を「食糧安全保障」に対抗するオルタナティブな概念として提唱した。また、2007年2月27日にマリで行われた会議では世界80カ国から500人の代表者が集い、「ニエレニ宣言(Declaration of Nyéléni)」が採択され、「健康的で文化的に適切であり、持続可能な方法で食や農業のシステムを決定できる人民の権利」として食料主権が述べられている。

食料主権を言葉で説明すれば、こんな感じである。

食料主権は、すべての国と民衆が自分たち自身の食料・農業政策を決定する権利である。それはすべての人が安全で栄養豊かな食料を得る権利であり、こういう食料を小農・家族経営農民、漁民が持続可能なやり方で生産する権利をいう。食料主権には、多国籍企業や大国、国際機関の横暴を各国が規制する国家主権と、国民が自国の食料・農業政策を決定する国民主権を統一した概念である。

『食料主権のグランドデザイン』(P142)より

「食料主権」は、このようにグローバルな貿易の自由化に反対する形で、ローカルな農民運動から生まれてきた考えのようだ。食料主権モデルと新自由主義(貿易自由化)モデルの17項目の対比があるので、理解の一助として掲載しておこう。

 食料主権モデル 新自由主義モデル
貿易 食料と農業を貿易協定から除外するべき 全面的な自由貿易にするべき
生産の優先順位 ローカル市場向け食料を優先 輸出向けを優先
農産物価格 生産コストをカバーし、農民と農業労働者に人間らしい生活を保証する公正な価格を保障するべき 市場原理(低価格を強要するメカニズムまかせ)
補助金 ダンピングによって他国に損害を与える補助金以外のもの、つまり直売、価格・所得支持、土壌保全、持続可能な農業への転換、研究など家族経営にのみ与えられる補助金を認めるべき 第3世界の補助金を禁止する一方、アメリカとEUの莫大な補助金を容認。しかもこれは大規模農家にのみ支払わられる
食料 食料は人権である。食料は安全で栄養があり、人びとが購入可能で文化的に適切で地域で生産されたものであるべき 食料は商品(これは実際には脂肪や有害な残留物に満ちた不純な食料を意味する)
飢餓 アクセスと分配の問題であり、貧困と不公正が原因 生産性の低さが原因
食料安全保障 食料安全保障は、飢えている者の手に生産があることが最も重要。あるいは食料生産がローカルに行われる場合 もっとも安い国からの農産物輸入によって達成される
土地、水の管理 ローカル・コミュニティによる管理  民営化
土地に対するアクセス 真の土地改革を通じて実現されるべき 市場原理にまかせるべき
種子 農村社会と文化に信託された人類共有の財産。「生命特許反対」 特許商品である
ダンピング 禁止されなければならない 問題の核心ではない
過剰生産 過剰生産が価格を引き下げ、農民を貧困に追い込んでいる。アメリカとEUは供給管理施策をとる必要がある 定義される問題ではない
遺伝子組み換え 健康と環境を害する不必要な技術 将来の流れ
農法 エコロジカルで持続可能な農法。遺伝子組み換えNO 工業的、モノカルチャー、化学物質多投、遺伝子組み換え
農民 文化と遺伝子資源の守り手、生産資源の管財人、知識の宝庫 時代錯誤、非効率、やがて消滅する存在
都市の消費者 生活に必要な賃金を 労働者の賃金はできるだけ低く
もう一つの世界 可能であることは広く証明されている 不可能

『食料主権のグランドデザイン』(P144)より

食料主権と自由貿易の考えが見事なまでに対比されているが、食料主権を確立させるためには、次のような政策が必要であるとされている。

・遺伝子組み換えや工業的農業から食品の安全を守る
・国内生産と消費者を保護するため、輸入をコントロールする
・貿易よりも国内・地域への食料供給を優先する
・生産コストをカバーできる安定した価格を保障する
・輸出補助金付きのダンピング輸出を禁止する
・アグリビジネスによる買いたたきや貿易独占を規制する
・完全な農地改革を実施する

『食料主権のグランドデザイン』(P142)より

日本の農業政策についてはあまり詳しくないが、このような観点から日本の農業政策の現状は、どのように評価できるのだろうか。「日本は食べ物が安い」という話をいろんなところで聞くが、農作物の価格決定に問題があるのかもしれない。

また、日本の食料自給率は40%というのは有名な話であるが、見方を変えると60%は他国から購入している。もし食料自給率あげることができれば、国内で雇用が生まれるし、輸入していた分のお金を教育や福祉やその他の成長産業への投資などに割り振ることができるので、素人目線で合理的なようにも思える。この辺りは、別の機会に検討してみたいと思う。

話を戻すと、食料主権は、1996年に提唱された言葉であり、比較的新しい考えである。けれども、近年では国際機関が認知し、いくつかの憲法や農業法の原理にもなっているらしい。特にアジアやアフリカの国々の新しい憲法では「食料主権」という言葉が採用されている。僕が「食料主権」に出会ったのも憲法を通じてであった。

食料主権を法制度に初めて組み込んだ国はマリ共和国である。2016年9月に食料主権(食糧主権)が記された農業法がマリの国会で成立したのに続き、憲法に食料主権が掲げられたのは、ネパール憲法(暫定2007年1月、成立2015年9月)、エクアドル憲法(2008年9月)、ボリビア憲法(2009年1月)、エジプト憲法(2014年1月)と次々に成立されていく。

マリ共和国 農業法(2016年9月)

第3条
農業振興政策は食糧主権を守り、農業分野を国民経済の推進力とすることを目標とする。

第7条
食糧主権は農業政策及び食糧自給政策を規定し実行する国家の権利であり……農業生産者の持続的な農業を保証するものである。

第51条
食糧主権はすべての農業振興政策の直接的な方針を示すものであり、食品の安全性は食糧主権の特質である。

農業協同組合新聞より

ネパール憲法(暫定2007年1月、成立2015年9月)

第36条 食の権利
1.それぞれ市民は食の権利を持つ
2.全ての市民は、食糧不足による飢餓状態から保護される権利を持つ
3.全ての市民は、法律が定めるところにより、食の主権への権利を持つ

constituteproject.orgより

エクアドル憲法(2008年9月)

第13条
個人と地域共同体は、多様で文化的なアイデンティティと伝統に調和し、できるかぎり地域で生産された安全で栄養がある十分な食料に対する権利を持っている。エクアドル政府は、食料主権を促進しなければならない。

エクアドル政府は、食料主権を促進しなければならない。

第15条
政府は、環境にやさしく害のない技術および新たなエネルギーの使用を公共部門と民間部門に促す。食料主権と水に対する権利なしにはエネルギー主権は持続できない。

第410条
政府は、農民と地域共同体に対して、土壌の保護と回復のため、食料主権を保護・促進させるための農業慣行の開発のための支援を提供しなければならない。

第413条
政府は、エネルギーの効率化、環境に清潔かつ健康な慣行と技術および食料主権、生態系のエコロジカルな均衡または水に対する権利を脅かさない多様化された再生可能なエネルギーの資源の利用を開発を促進しなければならない。

第3節は、食料主権の項目。そのまま引用。

CHAPTER 3. FOOD SOVEREIGNTY

ARTICLE 281
Food sovereignty is a strategic objective and an obligation of the State in order to ensure that persons, communities, peoples and nations achieve self-sufficiency with respect to healthy and culturally appropriate food on a permanent basis.

To this end, the State shall be responsible for:

1.Fostering the production, and the agri-food and fishing transformation of small and medium-sized production units, community production units and those of the social, mutually supportive economy.

2.Adopting fiscal, tax and tariff policies that protect the national agri-food and fishing sector to prevent dependence on food imports.

3.Bolstering diversification and the introduction of ecological and organic technologies in farm and livestock production.

4.Promoting policies of redistribution that will enable small farmers to have access to land, water and other production resources.

5.Establishing preferential mechanisms for the financing of small and medium-sized producers, facilitating for them the acquisition of means of production.

6.Promoting the conservation and recovery of agricultural biodiversity and related ancestral wisdom, along with the use, conservation and free exchange of seeds.

7.Ensuring that animals for human consumption are healthy and raised in a salubrious setting.

8.Ensuring the development of appropriate scientific research and technological innovation to guarantee food sovereignty.

9.Regulating, under biosecurity regulations, the use and development of biotechnology, as well as its experimentation, use and marketing.

10.Strengthening the development of organizations and networks of producers and consumers, along with those for the marketing and distribution of food stuffs, so as to promote equity between rural and urban spaces.

11.Creating fair, mutually supportive systems for the distribution and marketing of food stuffs. Preventing monopoly practices and any type of speculation with food products.

12.Providing food to population groups that are the victims of natural and manmade disasters that jeopardize access to food. Food received through international aid shall not affect the health or the future production of locally produced food stuffs.

13.Preventing and protecting the population from consuming polluted food stuffs, or those that jeopardize their health or whose effects are still scientifically uncertain.

14.Acquiring food and raw materials for social and food programs, giving priority to associative networks of small producers.

ARTICLE 282
The State shall make laws for the use and access to land that must fulfill social and environmental functions. A national land fund, established by law, shall regulate the equitable access of campesinos to land.

Large estate farming and land concentration is forbidden, as is the monopolizing or privatizing of water and sources thereof.

The State shall regulate the use and management of irrigation water for food production, abiding by the principles of equity, efficiency and environmental sustainability.

constituteproject.orgより

エジプト憲法(2014年1月)

第79条 食料
それぞれの市民は、健康かつ十分な量の食料と清潔な水に対する権利を持つ。政府は、食料資源を全ての市民に供給しなければならない。また、政府は持続可能な方法で食料主権を保証し、次世代の権利を保護するために、農業的で生物学的な多様性と地域の植物の種を保障する。

constituteproject.orgより

駆け足ではあるが、食料主権の背景と概要、食料主権が書かれた世界の憲法を取り上げてみた。制度と現実のギャップはよくある話であり、憲法に書かれたからと言っても、すぐさま実現される訳ではない。けれども、目標として明文化することには一定の意味があるはずだ。

そして肝心なのは、日本はどうするのか?という問い。

世界を参考にしながらも、耕していきましょう。

つづく。