2018年5月20日に岐阜で「『憲法と教育』〜子どもの幸せと教育の自由〜」というワークショップを実施してきました。憲法ワークショップを東京以外の場所で開催するのも、憲法ワークショップの講師として招待されるのも初めてでした。ついでに岐阜という土地に行くにも初めてでした。

そんな初めてづくしな岐阜でのワークショップでしたが、このワークショップが実現した経緯を辿ると、僕が東京で実施した憲法と食のワークショップをFacebookで知った山本恵さんに声をかけてもらったことから始まります。

1月末に山本さんと知り合ってから、Facebook上のメッセージでやりとりをしていました。「せっかく招待してくれるので、やったことのないテーマをトライしてみましょう!」ということで、一緒に企画をゼロから考えることに。そして、お互いに生活や仕事の合間を縫って、やりとりを続けてから約2ヶ月、ワークショップの骨子が見えてきました。

もちろん山本さんとは実際に会ったこともなく、Facebook上のやりとりだけでしたが、今振り返ると「案外なんとかなるもんだな」という印象です。

憲法ワークショップのテーマは、「憲法と教育」。このテーマの提案は、山本さんからいただきました。憲法と教育はやったことのないテーマでしたが、実際にやってみると実りが多かったです。この記事の最後に山本さんの感想を掲載しています。

山本さんは、子どもが世界一幸せな国と言われるオランダの教育に興味を持ったようで、日本とオランダの比較から日本の教育の未来を考えるのが良いのでは?と考えたようです。確かに調べてみると、自由の国オランダらしく、教育も自由の裁量が多い制度でした。

最近、政治に詳しい人の話しを聞いていたのですが、国家の種類として「夜警国家」というものがあります。これは「小さな政府」につながる議論で「政府は、国防や治安維持などの必要最低限の機能だけ持てばよくて、それ以外は民衆の自由にさせてくれ!」という考えです。ちなみに「夜警国家」と反対の国家観を「福祉国家」と言います。

僕も「夜警国家」という用語は知っていたのですが、その人によると夜警国家の役割は、「①国防、②治安維持、③外交、④教育」の4つらしいです。夜警国家の最低限の役割に「国防」や「治安維持」が含まれるのは知っていたのですが、「教育」が入っていたのにビックリしました。

けれども「教育は未来の社会への投資」と考えると、国家がなすべき最低限の項目に含まれるのかもしれません。

東京から岐阜へ新幹線で移動しました。まず岐阜駅で出迎えてくれたのは、こちら。

黄金の信長像。この日は天気が良くて、空のブルーと信長公のゴールドが作り出すコントラストが良い感じです。岐阜駅からバスに乗って、岐阜城に向かいました。岐阜城の写真を見てみると、急勾配の山の頂きに城が建てられています。

「こんな鋭角な山の上に、城を築こうと思った昔の先人の想像力とそれを実現させた技術力は、ハンパじゃないな。それを命じた信長公は、後世でゴールドになるわな。」と感心しながら、ロープウェイに乗って山頂近くに行きます。

岐阜城の天守閣からの景色は、とても綺麗でした。

天守閣からは奥に連なる山々や長良川が見えます。長良川とは、木曽川、揖斐川(いびがわ)とセットで木曽三川と呼ばれています。大きな川が重なるところでは、水害も多く発生します。江戸時代から治水工事が何度も行われており、江戸時代には幕府が薩摩藩に命じた「宝暦治水」があります。

この宝暦治水は、薩摩藩の苦しい財政や多くの犠牲者を払いながらの大工事だったそうです。この治水工事の総責任者は、平田靱負という人物。木曽三川の合流ポイントには、治水神社があるそうで、治水神社は宝暦治水に携わった人々や平田靱負を祀っています。鹿児島へ行った時に、薩摩義士碑を見た記憶がよみがえってきます。

日本の川を見た外国人が「日本の川はまるで滝のようだ」という言葉を残した通り、日本の川の流れは速いです。そして、日本の国土の7割は、山地や森林です。こうした日本の地理的な条件を考えると、日本版の夜警国家には「治山治水」も必要最低限ではないかと思ったりしました。

山本さんと合流し、みんなの森というイベント会場へ向かいます。この施設は中央図書館やカフェなどがある複合施設です。今回は、「おどるスタジオ」というガラス張りのスペースがワークショップの会場でした。

今回のワークショップは、①憲法ミニ講座、②ワークショップ、③国民投票ミニ講座を3つのパートでした。ワークショップでは、オランダの教育制度については話しをした後に「オランダのような教育の自由があれば、日本にどんな学校を作りたいですか?」という問いをみんなと話しあいました。

憲法というと、小難しい話しになりがちで、いくらでも難しく話すことができます。自分のワークショップでは、「憲法をシンプルに伝えること」を心がけています。なぜかというと、憲法は自分たち一人一人に向けて書かれたものだからです。

「庶民のために書かれたものを、庶民が理解できないくらい難しく説明する」というのは、甚だおかしな話です。

憲法ミニ講座では、世界の憲法、物語風に憲法を考える、過去のワークショップで生まれた憲法案、権力と権利の話しなど、いろんなトピックを用意しました。ちなみに今まで新しい憲法草案や権利を考えるワークショップを何度かやってきましたが、過去のワークショップで生まれた「野グゾ権」というのは、どこへ行って話してもリアクションが大きいです。

憲法ミニ講座では、憲法を理解してもらうためにいろんなトピックがあるのですが、自分が最も伝えたいメッセージは、

「憲法は、『社会の主人公は私たちだよ!』という宣言書」

ということです。僕は、ここに実感を持ってもらえれば、後は自分たちで考えて応用していけるかなと思っています。その主人公が社会を良くしていくために必要な手続きが憲法そして法律に定められています。

憲法と教育について言えば、日本国憲法の第26条に次のように書かれています。

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

憲法によると、すべての国民は自分の能力の合わせて、教育を受ける権利があるとしています。そして、教育を受けるための具体的な制度は、法律によって定められています。法律とは、国会で可決されて定められるものです。憲法は、「教育のあり方は、法律で決まっているから、教育制度に問題があるならば、法律を変えてね!」と言っています。

教育制度に関して、法の構造を見てみると、画像のようになります。大枠に憲法があり、その憲法の価値観をより具体化させたのが、教育の憲法とも言われる「教育基本法」です。教育の理念を定めても、学校と教員がなければ、教育を受けさせることができません。学校の存在や教員の免許について定めた「学校教育法」や「教育教員免許法」などの下位法が存在し、憲法から法律が揃って初めて自分たちが受けている教育行政というものが実現し、運用されていきます。

行政が成すことは、すべて法を根拠にしています。逆に言えば、行政は、法律の後ろ支えがなければ、何もできません。なぜなら、行政は「法の執行者」だからです。法律が存在せずに、行政をしているとすれば、行政権の逸脱です。法律がないところに行政なしです。

とすれば、教育制度に問題があるならば、法律の目的や対象や手段のどこに問題があるのか、また運用のルールや法の解釈を変更すれば解決する問題なのか、など問題の分解が必要だと思います。その問題に対して、法律によって解決をしていくのが、民主主義です。現行の仕組みでいえば、法律を創造するのが、政治家(国会議員)の仕事です。

憲法ミニ講座の後は、簡単なワークショップをやりました。ワークショップでは、「オランダのような教育の自由があれば、日本にどんな学校を作りたいですか?」「そのためにあなたは何をしますか?」という問いを2つのグループに分かれて話してもらいました。

オランダの教育の特徴は、「自由」です。オランダ憲法の第23条に「教育の自由」が定められていますが、オランダには3つの教育の自由があるとされています。

設立の自由:200人の子どもを集められれば、自分たちで学校を作ってもよい。
理念の自由:宗教色を出しても、他のことで特徴を出しても良い。
教育方法の自由:教育内容、教材の裁量権が自由。

このような教育の自由に基づき、オランダの学校には、このような特徴があります。

・3/4が私立大学で、学区は存在せず、保護者と子どもが自由に選べる。
・義務教育は、5~16歳まで。義務教育の授業料は無料。
・宗教学校・主義学校があり、多様な教育から学校を選べる。(モンテッソーリ教育、シュタイナー教育、イエナプラン教育etc)
・各学校に、最終試験があり、その試験をクリアすると、次の学校への入学資格になる。
・塾や受験産業は、ほとんど存在しない。

学校で何を教えるのかは、生徒や学生が試験にクリアできれば、学校側の自由に任せますというスタイルです。確かにオランダは、世界で初めて同性婚を認めたり、大麻や売春が合法であったり、他人に迷惑をかけなければ、何してもOKという自由な風土があります。逆に言えば、自由を認める代わりに何か起こっても自己責任で解決してくれというカルチャーのようです。

オランダのカルチャーを探していたときに、このブログを見つけました。アムステルダム国立美術館の前に「I amsterdam」という文字のモニュメントがあります。このモニュメントに登ってしまう人が続出しています。


もし日本であれば、「モニュメントに登らないでください」と張り紙があったり、登れないよう周囲を柵で囲っていたり、係員が注意するでしょう。オランダの場合は、このような張り紙が貼られています。

「この文字に登るのは、自己責任ね!」

さすが自由の国オランダ!このような文化的な差は、憲法や教育制度など様々なところに現れてくるはずです。なぜなら、そうした文化的な特性を持った人が制度を作るからです。「自由」の反対は、「保護」や「保障」のように感じますが、オランダが「自由の国」ならば、日本は「保護の国」と言えるのではないでしょうか。

また、オランダは歴史的に移民を受け入れてきた国なので、いろんな文化や宗教を持っている人々が教育を受けられるためにも、教育の多様化を進めてきたのかもしれません。つまり、教育の自由とは、オランダという国の特徴を考えた場合に、合理的な判断だったと言えるのではないでしょうか。

ワークショップでは、こんな感じで話し合ってもらいました。


理想とする学校像としては、次のような意見が出ていました。

・山や森の中で元気いっぱい遊び倒せる学校
・友達や先生との関わりの中で、豊かな人間性を育てられる学校
・学力や知識でもなく、画一的な教育でもなく、個性を伸ばせる学校
・障害を持った子どもも含めて、外国人など多種多様な子たちと一緒に学べる学校

その後もディスカッションを進めていましたが、理想の学校の話しが出た後に、現在の学校に対する問題点への話題が移り変わりました。

・子どもの個人よりも集団や社会性を強調して教えられているのではないか?
・「道徳」という教科に疑問がある。「あいさつは必ずしましょう」など道徳的に正しいことの教え方を間違えると、成長過程の子どもが感情を抑えてしまう可能性もある。それは大人の「良い子ども像」の押し付けにならないか。
・学力がトップダウンでカリキュラム化していて、本当に子どもにとって必要な学力になっていないのではないか。

参加してくれた方には、お子さん持ちのお父さんやお母さんが多く、親御さん目線で教育への意見が活発になりました。ディスカッションは、いろんな立場の人がいると、多角的な観点から問題を考えることができます。同じ人たちの意見ばかりだと、一面的になりがちで、それがあたかも世界の全てかのように錯覚してしまいます。

今回のディスカッションで良かったのは、現職の学校の先生(確か小学校)が来てくれたことです。この先生の発言のおかげで議論がより多面的になったと思います。

教育基本法には、第一条に「教育は、人格の完成を目指し」と教育の目的が書いてあります。参加してくれた学校の先生は、この「人格の完成」を「社会に出ても恥ずかしくない人になる」と自分で解釈をして、日々の教育現場で教えていると発言してくれました。社会に出たことを考えると「あいさつする」「時間を守る」という最低限のことができないと社会で生きていくのは難しいと。

確かにそうなると、個性や個人を重視しすぎて、協調性や社会性がゼロの状態で、社会に出た時に困ってしまうのは子ども自身のほうです。それでは、学校では何を教えるべきなのでしょうか。

「あいさつをする、時間を守るというのが大切なのは、日本の企業の文化が求めているからではないか?」と誰かが発言をしてくれました。となると、教育は、社会や企業のあり方とセットで考えたほうが良さそうです。逆に言えば、社会や企業のあり方が変われば、必然的に教育のあり方も変わっていくべきです。

「学校を卒業して一つの企業に生涯勤務する」という社会像は、将来的に変わっていきそうです。公務員でも副業が解禁になったりと、働き方自体も多様化しています。働き方が多様になり、それぞれのライフスタイルに応じて選択できるようになるならば、教育についても保護者や子どもが「選べる」ようになるのが良いかもしれません。

日本国憲法には、「教育を受ける権利」が書かれていますが、現代社会に合わせるならば、「教育を選ぶ権利」が大切だったりするかもしれません。確かに憲法には「その能力に応じて」と書いています。

最後の「その理想とする学校を実現するために、私たちは何をするべきですか?」という問いかけに対しては、次のような意見が出ました。

・今の社会が求める人材が、教育で求められる人材なので、まずは大人たちが率先して変わっていく必要がある。
・社会はいきなり変わらないので、まずは自分たちが変わり、きちんと自分の意見を持つこと。そうすれば、子どもも変わっていく。
・同じ考えを持つ人が集まって、大人の意志として、力のある人に訴える。
・現状で制度の中で、カリキュラムをより良く実践している先生と繋がっていく。

ワークショップの全体を通して、前向きな雰囲気で終われたのが非常に良かったです。やって無駄なことなく、実際にトライしてみるといろんな発見や気づきを自分たちに与えてくれます。その中で論点を整理していき、現実的に実現可能な具体案が出てくるのが良いなと思います。

最後に、今回のイベントを主催してくださった山本さんの感想を載せておきます。

【ワークショップ感想】
私は、2年くらい前から憲法に興味を持ちはじめた普通の母親です。
メディアで憲法改憲のことが取りざたされるようになったことが、きっかけでした。
憲法について人に話すときには、小難しくなりがちだなと感じていた折、憲法と食をからめて一風変わった、でもわかりやすいワークショップを開催されていた桐山さんをFaceBookで知り 是非岐阜でワークショップ形式の憲法のイベントやっていただきたいとお声掛けして今回の
『教育と憲法』ワークショップ~子どもの幸せと教育の自由~が実現しました。
桐山さん、遠いところをお越しいただき本当にありがとうございました。

3時間のワークショップの内容は
①憲法講座 ②ワークショップ ③国民投票ミニ講座 
(最後に座談会を予定していましたが、時間の関係で、ほぼあとかたずけになってしまい申し訳ありませんでした。)

①憲法講座(過去のワークショップの事例、世界の憲法、権利・権力についてetc)
桐山さんの過去6回のワークショップで約100個の憲法草案ができたことや、どんな草案なのかの紹介。「野グソ権」はなかなかのインパクト(笑)
イタリア、フランス、ブラジルなどの憲法の特徴の紹介からは、その国らしさって憲法も関係してるんだという憲法の新たな一面も知ることができた。憲法には観光案内的な側面もあるという不思議な感覚。

そして「憲法は権利のカタログである」という説明。この説明が、私がこのワークショップで一番学びが多かったと感じた点だった。

世界中の歴史から国は権力を持つと暴走しがちという失敗から学び、国民に付与されている様々な「権利」。国民が幸せに生きていくための知恵とも言える権利のカタログが憲法の一面だと。

え?まじ?ほんと?

権利という概念が自分の中でかなり薄く、「権利」とは「権力」から私達を守るものということさえちゃんと理解していなかった。
民主主義という仕組みは、みんなで話し合い決定するというやり方であり、多数決で法律が決まりそれが権力となる。人が集まれば権力=Powerは生まれる。
多数決での多数は権力となるので、そこから個人を守るのが権利=Rightだとすれば権利は上手に使いたい。
というか、権利を知らず権利を行使できなければ、少数派が生きづらくなってしまう。
現に少数派が生きづらいのは、権利の部分の理解があまりできていない人が多いからじゃないかなと思った。
(ワークショップが終ったあとも、2,3日権利について考えていた・・・)

仮に家庭の中の子どもの立場で権利を考えてみた。(家庭での権力は多数派ということではないかもしれないが)父親の権力=Powerが絶大な家では、子どもは 父親の言うとおりにしないと怒られたり怖い思いをしたりするので、なかなか言いたいことが言えず、自分の好きな習い事ができないなど 子ども自身の自由がなかったりする。
そこで子どもが、もし「言論の自由」や「思想の自由」などの権利=Rightがあることを知れば、子どもは父親に対して子ども自身の尊厳を保つことができる。嫌なことは嫌と言っていい、好きな習い事をしてもいい。となる。子どもは権利に守られ、より自分らしく生きることができる。子どもにとっての正義の味方みたいな・・・

こんな感じで。
この感覚って、今の日本人の中にどれだけ浸透しているんだろう?と考えてみた。
私と同じように権利という概念が薄い人が少なくないような気がした。

そして憲法は法律より上位にくるので(98条:この憲法は国の最高法規であって・・・)憲法は私達の権利を保障し守ってくれるのだと感じた。権利についての理解は私に力をくれたように思う。

そう、自分の国の憲法に親しむことは個人に力ももたらすのだなあと感じた。

②ワークショップ(2つのグループにわかれてそれぞれ議論)
ワークショップの前に、オランダ憲法の説明。

オランダのような「自由な教育」を子ども達に提供するためには、自由と保障のバランスを決めなければいけないということを オランダという国の現状から学んだ。
(「自由」:自由の幅は大きい=政府の権限は小さい=何かあったら自己責任 
 「保障」:自由の幅は小さい=政府の権限は大きい=安定したサービスを享受)
果たして日本で 自由>保障 が受け入れられるかと考え、うーん正直厳しそうと思った。
選択制にできれば、少数派だったとしても 自由な教育を選択しやすい。

②-1 オランダの憲法にある教育の3つの自由(設立の自由、理念の自由、教育方法の自由)が日本にあれば どんな学校を作りますか?

今の日本の学校は
A,個人の尊厳 B、集団のカルチャー の二極化が進み、かつ 教育が子ども目線ではない(大人の都合)、教育を自由に選べないなどの現実が浮き彫りになった。これらの問題点をとりのぞいた学校を作りたいという総意があったように思う。

②-2 そのためにあなたは何をしますか?

参加者さんのそれぞれの意見を聞き、なるほどと感じた。(意見は省略)

ワークショップ全体の感想として、私達はまだまだ国民主権(私達が社会の主人公だよ!)や民主主義や憲法に対して『実感を伴った理解ができていない』のだと強く感じた。

まあ、教えてもらっていないので当然かもしれない。

実感として伴わないから使いようがない。いろんな権利を大人達が自分や子孫の幸せのために使おうと思えていない状況なのだ。
日本はかなり昔に開国し、世界の一員として今は民主主義という仕組みのの中で生きている、ことになっている。

自由な教育については、日本国憲法第26条で教育の権利が法律の定めるところによって認められているので、国民が望む教育は可能なはず。(法律に盛り込めば良い)そう、民主主義なのだから、国民が求めるものを表明し行動していけばいいのだ。実現の糸口はあるのだと感じた。

この先の世代の人達が、暮らしやすい世の中にするには、権利のカタログであり、国の最高法規である憲法と私達の世代がもっと距離を近くしていくなれば 気心の知れた友達のように実感が伴った理解ができるようになればいいんじゃないかなと思いました。

キリヤヌスさん いえ 桐山さん、楽しいワークショップありがとうございました!

今回のイベントの企画をしてくれた山本さんと参加者のみなさんに感謝です。ありがとうございました!

つづく。