最近、開墾をしている。

ここは東京の町田の小野路という里山である。小野路は、東京で唯一『にほんの里100選』に選ばれた自然の恵みが豊かなスポットだ。小野路には、あした農場という家族農家がいて、僕は時間の空いた週末にお手伝いをしている。

もしかすると人類未踏の地は、この世界からほとんど姿を消してしまったかもしれないが、人間が未使用の土地は結構あるようだ。そういう眠れる土地が小野路の一画にあった。僕たちは、鎌と草刈り機を手にして、ヘビー級の雑草たちと闘った。

開墾をしている土地は、養鶏場になる予定である。「開墾した土地をどんな風に使うか?」というお題を休憩中や帰り道で、ああだこうだ言いながら話をした。その会話がタネとなり、僕の想像力が掻き立てられた。

そして、自分の中での方向性が何となく見えてきたのでアウトラインを書いてみようと思った。僕は、それを「農業都市計画」と名付けた。ただ僕の経験と観察以外には、何の根拠もない計画である。その一つのモデルケースを作るために、あした農場でトライしてみたいなと思っている。

農業都市計画の大きな軸は以下の3つある。

①自分たちが望む社会は、自分たちでつくる
②農業の多面性を都市生活に中に位置付ける
③農地を循環型社会の拠点にする

①:まちづくりの基本的なスタンスであろう。僕たちは日常的に我が家で快適に過ごすために家具を設えたり、整理整頓している。まちづくりもその延長線上にある。自分たちが住んで心地良い地域の作り手は、国や行政ではなく、自分たち自身である。

②:人口の少ない地方と人口の多い都市では、農業に求められる価値は変わってくるはずだ。農業とは、食料を生産するだけではなく、多様な持ち味がある。そういう農業の持つ多面性を都市という文脈で積極的に見直すことができれば、都市が抱える問題を解決する糸口として農業が有効な手段になるのでは?と考えている。

③:「循環」という言葉で自分が意図しているのは、広く一般的な意味である。簡単に言えば「いろんなものがグルグルと巡る」こと。農業都市計画に合わせて言えば、「食・人・季節」が循環することである。

「計画」と聞くと何やら大げさなように思われるかもしれないが、やろうとしてることはシンプルである。誰でもできる。

❶美味しいものを食べましょう
❷土に返せるものは返しましょう
❸身体を使いましょう
❹季節の催しやイベントをやりましょう
❺自然を愛でましょう

❶:美味しいものを食べれば身も心も嬉しい!農地で新鮮の野菜を手に入れ、料理をすればなかなかGoodである。人によっては自分が食べる分の野菜を育てるのも良いだろう。

❷:米や野菜も、お肉の牛や豚や鶏の飼料も、海の魚が食べるプランクトンも、元を辿れば大地から生まれている。生ゴミなどの有機物は、コンポストで堆肥に変えれば、肥沃な大地を作ることができる。肥沃な大地は、再び美味しい恵みを僕たちに与えてくれる。

❸:農作業はスポーツである。お金を払ってジムに通うのも良いが、農作業なら無料である。おまけにお手伝いに行けば農家に喜ばれ、時によっては野菜をいただける。子どもを連れて行けば、虫取りや草木や動物の観察に熱中するだろう。子どもにとっては良い遊び場である。

❹:秋は稲刈りや収穫祭、冬は焚き火や餅つき、春や夏にはデイキャンプができる。農場に行き、季節の旬を食べるだけで十分な楽しいイベントである。また、マルシェを開催したり、食育などの学びの場としても活用できる。ちなみに僕は土地の開墾を一つのイベントとして楽しみながらやっている。

❺:農場へ行けば、草木や虫や動物などいろんな生き物がいる。あした農場には、トモローとオノジロウという二匹のひつじがいて、アイドル的な存在である。自然の中に身を置けば、心がリフレッシュする。もちろん人間も自然の一部である。

都市には、キャンプ場やスポーツ施設や飲食店など様々な場所があるが、今掲げた5つのポイントをバランス良く満たしている場所は、あまり見当たらない。公園が一番近いように感じたが、公園を耕すことはできない!

こんな風に考えると「農業や農地は、新しい公共スペースなのではないか?」という仮説が浮かんでくる。農地は、いろんな人が行き交う。人だけではなく、草木や動物や季節といった要素も農地に飛び込んでくる。環境問題が良く取り上げられる現代では、「公共」という考えにも自然や環境を加えて、「公共」の概念そのものをアップデートしたほうが良いと思う。

僕たちの文明は、分業と専門化によって栄えてきた。ただ分業と専門化が行き過ぎると、「自分の行為がどんな意味があるのか分からない」という具合に社会から疎外されてしまう。そこで、人と人、物事の意味と意味がバラバラに孤立しがちな都市社会で、農業や農地がゆるやかな繋がりを取り戻し、人間性を回復するような場所になって欲しい。

コンビニに行くくらいにラフな感じで、近くの農家や農場を訪れることができたらなかなか素敵だ。これからの都市計画で農地を地域社会のヘソにすれば、人や資源の良い循環が生まれるのではないか。

「農業」は、古臭くて封建的な言葉の代名詞のような存在だっただろう。けれども、都市生活の文脈で農業を捉えなおすと、今までにない新しい価値や前線が見えてくるのではないか。もしかすると、そこが都市における未開の地なのかもしれない。

そんな計画を考えながら、東京の里山の小野路からトライしてみたいのである!

今回は、概要のみを書いたが、別の機会に実現に向けた具体的なプランを書いてみよう。

つづく。