僕は、二つの日本の憲法を眺めていた。一つは、1889年(明治22年)2月11日に公布された大日本帝国憲法と、もう一つは、1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法である。

それぞれの憲法の最初の条文は、こんな具合から始まる。

大日本帝国憲法
第1条 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す

日本国憲法
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

物事の最初が肝心なのは、憲法も同じである。第一条は、憲法のなかでとても重要な位置付けと言える。二つの憲法は、両方とも天皇に関する条文である。

この二つの条文を眺めていて、「日本という国は、天皇を抜きには語ることができないのだろうか」という疑問が浮かんできた。この問いがさらに深まり「日本という国は、天皇という権威がなければ、国を安定的に治めることはできないのか」という新たな問いにも自分の中で発展してきた。

ちなみに僕は問いを立てるのが好きである。問いを立てると、いろんなものから解放された気分になる。今までの歴史や慣習からの見えない力を一旦停止させ、じっくりとその対象と向き合えるからだ。

天皇についての憲法議論を見ていったときに、天皇に関する条項を削除するというアイディアをいくつか見かけた。それらは、天皇は日本の慣習に深く結びつきすぎて、憲法上は定義することが難しいという理由、そして、封建的な王制という制度は時代遅れであり、国民主権の原理と矛盾するといった理由であったと思う。

僕が書いた憲法草案には、天皇に関する記述を設けることにした。憲法草案を作って発表することにしたが、それは完璧ではないにせよ、現段階での自分の考えを出力することに力点を置いていた。頭のなかでグルグルと考え続けるのにピリオドを打って、一度自分の考えを自分自身から突き放して客観的に捉え直してみたかった。

天皇に関する条項は、憲法草案の中でもかなり悩んで作成した箇所である。やっぱり出来上がった草案を読み直しても、その違和感はなかなか消えない。その違和感は、憲法草案の条文に存在するのか、そもそもの天皇に対する自分の理解から生まれるものなのか。それでいうと両方であると思う。

その違和感の源泉を辿ってみると、どうやらこんな所にあるらしい。自分が本で読んだ知識と自分の体験との間に大きな溝があるということだ。

僕は、1991年生まれである。もちろん戦争を知らない世代である。自分の両親は団塊の世代からは少しズレており、学生闘争を経験した世代ではない。また、子供の頃から家族の会話で政治の話が出てきた記憶はほとんどなく、政治とはかなり距離のあった幼少期を送っていたと思う。

法律や政治や歴史の素地が全くない自分が憲法を書こうと言うのだから、その基礎作りをするために、とりあえず沢山の本を読んでみるしかない。自分には体験がないので、とにかく知識で埋めようとする。

戦争の話は、小さい頃に祖父母から聞いたことがあったので、戦争と平和に関わる安全保障については多少なりとも自分に近づけて考えることができたし、権利の条項は学校で学んだはずの記憶や人から聞いたエピソードを辿ることができた。

一番の問題が、天皇に関してであった。自分は天皇に関する体験が全くない。すっぽりと抜け落ちているため、リアリティが全く持てない。天皇の肖像画を拝んだり、天皇を信仰するような精神的体験も経ていない。また、天皇に自分の行動や思想を強制させられた体験もなければ、不敬罪のような思想言論上の犯罪があった時代の雰囲気を身をもって知らない。どうやら天皇は戦前に「現人神」として神様と同一視されていて、当時は崇拝の対象であったが、戦後は人間宣言をしたらしいことを学校で教わった幼い頃の記憶がある。

僕の中での天皇の原体験といえば、テレビの中の天皇である。天皇と皇后が車の中から笑顔で手を振っている姿であったり、正月に皇居前でたくさんの日の丸の国旗が揺らめき、大衆に向けて同じく手を振って答える天皇と皇室の方々の姿である。子どもながらに周囲の天皇に対する反応を見ては「天皇は偉い方なんだな」くらいには感じていた。天皇に関する印象といえば、このくらいであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

正直に言ってしまえば、僕が憲法について取り組もうと思わなければ、自分の人生の中で天皇についてこんなに考える時間を持つことはなかっただろうし、関心すら持たなかっただろう。時代のせいと言ってしまえば、それまでである。けれども、僕はその時代に生きているのだから、やっぱり、この時代性と自分の思考を切り離すことはできない。

僕が天皇論について読んだのは、福沢諭吉氏の『帝室論・皇室論』や津田左右吉氏の『建国の事情と万世一系の思想』や三島由紀夫氏の『文化防衛論』や吉本隆明氏と赤坂憲雄氏の『天皇制の基層』などの文献である。明治時代には、天皇を近代国家にどう位置づけるかは重要な命題であったし、敗戦直後は天皇の存続問題や象徴天皇をどう捉えるかということは知識人の関心事であったことが、その著作を読んでみると分かってくる。

どの論者も天皇について語るときのリアリティを肌で感じていただろうし、立場は違えども、それぞれに強い問題意識があったのだろう。しかし、このような論者と同じ視点に立って、同じ温度感でもって、天皇について社会で語ろうとすると、どこか空振りをした気分になる。なぜなら、自分のなかでの天皇はテレビ上の存在であり、知識や理屈だけで語ろうとしても、それに相応した実感が伴わないからだ。

知識と体験にある溝をどう対処すればよいのであろうか。知識を体験に寄せるか、体験を知識に寄せるか。そもそも今ある溝を埋める必要があるのものなのか。

僕は、自分が立っている地点から物事を考えたい。だから、過去の理論なり知識だけから今ある現実を眺めることには、反対である。もちろん参考にできるところは大いに活用したいが、過去に素晴らしかったものが、そのまま現在も素晴らしいかは別途考える余地があるように思う。社会は生き物である。社会を構成するのは、一人一人の実態を持つ人間であるから、その人々が変化すれば、その集合体の社会も当然変化する。

そんな具合で、自分が書いた天皇に関する憲法草案を早くも考え直す必要があるように痛感している。とりあえず現在はこのような作業用の案を置いてみようと思う。

・天皇の国家の政治的・宗教的権威よりも、歴史や生活の慣習としての側面に力点を置く。
・その慣習とは民衆の習俗とつながりのあるものと考える。また、その慣習は日本だけでなくアジア地域での広がりを持つ。
・天皇は、権利(Right)を持つ。そのため言論の自由や職業選択の自由を持つ。もし権利が制約されることがあるとすれば、その理由を明確にする。
・天皇と国家の接点や結びつきについては、再検討する。
・「天皇」という用語を憲法に挿入するか合わせて再検討する。

つづく。

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