憲法は、独立宣言である。

他の国の憲法の前文を読んでみると、それが痛いくらいに伝わってくる。東南アジアのインドネシア、アフリカのチュニジア、中東のシリアの3国の憲法の前文もしくは序文を紹介したい。

インドネシア

インドネシア憲法(1945年)

独立は、あらゆる民族の本質的権利であり、植民地主義は、人道と正義にもとるものであるが故に、この世から一掃しなければならない。

しかし、インドネシアの独立闘争運動は、インドネシア国民を、自由、統一、主権、正義、及び繁栄のインドネシア国の独立へとつつがなく導くことによって、いまや歓喜に満ちた時点に到達した。

全知全能の神の恵沢と、独立した自由な国民生活を享有せんとする崇高な熱望とにより、インドネシア国民は、ここに、その独立を宣言する。

さらに、インドネシア全国民とインドネシア全国土を保護するインドネシア国政府を樹立し、一般福祉を増進し、国民の知的生活を促進し、自主独立、恒久の平和、及び社会正義に基づく世界秩序の建設に貢献するために、インドネシア民族独立の構造は、国民主権を具有する共和国体、並びに唯一・最高神への帰依、公正にして教化された人間性、インドネシアの統一、及び代表者間の話合いを通じて、インドネシア全国民に、社会正義の条件を創造する合意の政策をもって指導される民主主義に基づき制定されるインドネシア国憲法によって規定される。

引用:衆議院憲法審査会 – 日本国憲法前文に関する基礎的資料

チュニジア

チュニジア共和国憲法(1959年)

寛大にして慈悲深き神の御名において!チュニジア国民の代表者であるわれわれは、制憲国民議会を召集して、強い結束と、暴虐!搾取及び圧迫に対して行ってきた闘争とにより外国の支配から解放されたこの国民の意思を次のとおり宣言する。

―国家の統一を強化すること並びに人間の尊厳、正義及び自由と結びついた国民の共同の財産をつくり、かつ、諸国民の平和、進歩及び自由な協力のために活動する人間の価値に忠実であること。

―イスラム教の教義、大マグレブの統一、アラブ諸国民族への帰属並びにより良き将来の建設のためのアフリカ諸民族との協力及び正義と自由のために闘うすべての民族との協力に忠実であること。

―国民の主権を基礎とし、かつ、三権分立に基く安定した政治制度を特性とする民主主義を創設すること。

われわれは、共和制度が、人権の尊重のため、並びに、すべての国民の権利及び義務についての平等の維持のための最善の保証となること、並びに共和制度が、国の経済の発展及び国民のための資源の開発により国民の繁栄を確保し、かつ、家族の保護、並びに、労働、保健及び教育に対する各国民の権利を確保するための最も有効な手段となることを宣言する。

自由にして至高なるチュニジア国民の代表者であるわれわれは、神の加護によってこの憲法を制定する。

引用:衆議院憲法審査会 – 日本国憲法前文に関する基礎的資料

シリア

シリア・アラブ共和国恒久憲法(1973年)

アラブ共同体は、それが一つの統一された共同体であった時代には、人類の文明を建設するという偉大な役割を演じることができた。しかし、その民族的結合の紐帯が弱まった時、その文明的役割は減退し、植民地主義の征服の波がアラブ共同体の統一の希望を粉砕し、その領土を占領し、そしてその富を略奪した。

我がアラブ共同体は、それらの挑戦をはね除け、分割、搾取、またこの現実を克服しようとする能力を具えた信念とは相容れない後進性を拒否し、そしてその他自由な国々と共に、文明と進歩の建設に素晴しい役割を演じるために、歴史の舞台に戻る。

今世紀前半の終り、アラブ人民の闘いは露骨な植民地主義から解放を勝ち取ろうとするさまざまな国で広がり、より重要な位置を占めてきた。

アラブ人民大衆は自らの到達点として、また自らの犠牲の終着点として、独立を捉えたのではなく、自らの闘いを強固なものにする手段として独立を捉えたのであり、またアラブ共同体の統一、自由、社会主義というゴールに到達するための愛国的、進歩的な勢力の指導の下、帝国主義、シオニズム、また搾取する勢力に対する自らの継続的な闘いをより前進させるものとして、独立を捉えたのである。

シリア・アラブ共和国の人民大衆は、独立を達成した後も自らの闘いを続けてきた。そして、彼等は自らの進歩的な歩を通して、統一したアラブ社会主義社会を建設するための闘いを提供する一手段として権力を行使するアラブ・バアス社会主義党(以下バアス党)指導の下、1963年3月8日革命を引き起こすことによって偉大な勝利を得た。

バアス党は、アラブ世界で初めて、アラブ統一に革命的な意味付けを与え、民族主義者を社会主義闘争へと導いた運動であり、アラブ共同体の意志とその栄光ある過去をアラブ共同体に固く結び付けるであろう将来の希望を代弁する運動であり、またすべての人が希求する自由獲得のため重要な役割を演じる運動である。

また、バアス党は自らの戦闘的な闘争を通して、1970 年11月16日矯正運動を起こし、我が国民の要求と期待に応えた。この矯正運動は極めて重要で、しかも質の高いものであったと同時に、党の精神、原則、目標を真に反映したものであった。それは、非常に多くの大衆が関心を持っている多くの重要プロジェクトを履行する上で必要な環境を作り出した。

その最たるものは、アラブ人民が真に求めているアラブの統一という要請に応えてアラブ共和国連合国家を出現させたことであり、それは帝国主義、シオニズム、地域間の対立、及び分離主義運動に対する共同したアラブの闘いによって補強され、また覇権や搾取に対する今日のアラブ革命によって確固たるものになった。

矯正運動の指揮の下、我が人民大衆のため民族的統一の強化へ導く重要な一歩が築かれた。また、バアス党の指導の下に、前進的考えを持った民族的、進歩的な戦線が我が人民の要求や関心に応えるために生まれ、アラブ革命の担い手を統一した政治組織のなかに統合させる方向へと導いた。

人民民主主義の原則に沿った我が人民の闘争を成就させるために作られた本憲法は、人民が未来へ進む上での明確な指針であり、国家の機能やそのさまざまな機関を調整するためのものであり、またその立法の源である。

憲法は以下の主要な原則を基礎としている。

1-包括的なアラブの革命は、アラブ共同体が切望している統一、自由、社会主義へ到達するために今日的かつ継続的に必要である。シリア地域(原文ではシリア・アラブ地域となっているが、この地域とは実質上国ないしは国家を意味している。以下シリア地域とある場合にはシリア国を指している。)の革命は、その包括的アラブ革命の一部である。すべての領域におけるそれらの政策はアラブ革命の全体的な戦略に依拠している。

2-個々に実現したとして、如何なるアラブの国であっても到達した如何なるものも、それらの範囲を十分に獲得することはできないであろうし、また達成しえたものがアラブの統一によって補強され、保持されない限り、ゆがみ易く後退しがちなものとなるであろう。同様に、如何なるアラブの国も帝国主義やシオニズムの片棒を担ぐ危険性があり、それは同時にアラブ全体を脅かす危険性を持っている。

3-アラブ社会が必要とすることに起因する必然性へと進むこと、またさらに社会主義秩序の樹立へと進むことは、同じくシオニズムや帝国主義との闘いにおけるアラブ大衆のさまざまな能力を結集するために基本的に必要なことである。

4-自由は神聖な権利であり、人民民主主義は国民自らが犠牲的で建設的能力を具えた威厳ある人間となり、自らが生まれ育った地を守り、そして自らが属する国のために犠牲を厭わないという自由の行使を国民に保証する理想的形態である。自らが生まれ育った地の自由は、その自由を享受する国民によってのみ守られ、その国民の自由は、経済的、社会的解放によってのみ成し遂げることができる。

5-アラブ革命運動は基本的に世界解放運動の一部であり、我がアラブ人民の闘争は自由、独立、進歩のための人民の闘争の一部分を成している。

本憲法は、自らの闘争が置かれている状況を強化し、大望ある未来へ前進するために、憲法の諸原則や法的諸規定に導かれた解放と建設のため闘い続ける我が人民大衆に対して行動の指針となるものである。

引用:衆議院憲法審査会 – 日本国憲法前文に関する基礎的資料

その国に憲法があることは、国家が独立して自らの意志を決定できることを意味している。それは、他の国に干渉されることなく、自分たちの社会のあり方を決められる自由と権利があるということである。

今では常識とも思えるこの事実が当たり前ではない時代があった。そして、それはそんなに昔の話ではない。

「現実に合わせて憲法を変えるべきだ」という意見はあるけれども、それは乱暴な言い方であると思う。国はそれぞれの歴史や過去を背負っている。現実が変われば何でも変えてしまって良いならば、その国家が国家たる理由はどこにあるのだろうか。「時代が変わっても、ここは譲れない」と明確な線を引くのが国家と国民の意志だと思う。

僕は、憲法とは歴史的な文書であると考えている。憲法の意図を考えるには、その当時の歴史は知らなくてはいけない。「なぜ憲法を制定せざるを得なかったのか?」この問いの答えは、歴史から知ることができる。

また、憲法を運用するのが人であるので、その人の判断や解釈は、様々な過去の慣習や記憶によって行われる。そのときの政治家の判断が国家の意志になる。憲法と歴史は切り離せない関係である。歴史が国家の意志を形作っていく。

「自分たちの国は外国に支配されていた」と自らの悲しい歴史を憲法の前文に書くとき、彼らはどんなことを思ったのだろうか。キレイごとの物語だけではなく、厳しい過去の事実を伝えて、次の世代が自分たちの世代を乗り越えて、より良い社会を実現していくことを心から願ったのではないだろうか。

憲法を考えるときに、その国の歴史を省いてしまえば、表面的な議論にしかならないと思う。目を背けたいけれども、向き合わないといけないことがある。だから、僕は自分の国の歴史を触れずに、憲法改正をしようとするのには、反対である。きちんとした手順というものがあるだろう。

憲法9条は、いろんな意味でこの国の重しになっている。「なぜ日本は先の戦争で国が崩壊するギリギリまで戦ったのか?」戦争は、自然災害のように自動的に起こるものではなく、国家の意志によって起こすものである。国土と人民に悲惨な損害を与えた戦争に対して、国民の納得がいく歴史の総括がないにも関わらず、国家としての意志である憲法を改正する資格が、今の政府にあるのだろうか。それが戦争で亡くなられた人々やその遺族に対する誠意ある態度なのだろうか。そんな政府が他国の意志に寄らずに、自らの国家の理念によって、独立した意志を示すことができるのだろうか。

今の政府や政治家に期待するくらいならば、自分たちでやってみようと思う。

明日5月3日で、日本国憲法が施行されてから70年が経つ。そんな時代の節目に僕たちは立っている。

つづく。